パク・クネ大統領閣下
先日、あなたは欧州訪問の一環として英国を訪問し、早速BBC放送のインタビューを受けました。私はBBC国際放送の割と熱心な視聴者で、たまたま同放送の定時ニュースを見ていたところ、あなたのインタビュー映像が流れたのです。あなたはその中で「日本が歴史認識を変えない限り首脳会談をする意味はない。特に従軍慰安婦問題は最大のネックだ」と従来の主張を展開しました。
私は衛星放送画面を見ながら暗澹とした気分になりました。あなたが糾弾する日本の過誤に罪悪感を覚えたからではありません。慰安婦となってしまった女性の皆さんに同情したからでもありません。私個人に関する限り、それらについては既に深く陳謝する気持でいますし、わが国は2度と過去の間違いを繰り返すべきではない。そのためには一刻も早く前大戦を総括して、過去を洗いざらい明らかにして真の再出発をするべきだ、と考えまたそう主張している者です。
私がそこで暗澹としたのは、あなたが狙っているらしい「国際世論に訴えて日本を貶める作戦」がまた一つ功を奏している明確な現実に対してです。まるで駄々っ子のように第三国で日本の悪口を言うあなたの姿に、英国政府首脳や良識ある国民はあるいは呆れているかもしれない。しかし、英国の一般大衆は日本を攻撃するあなたを通して、わが国への反感を募らせたことは間違いない。すぐに強い反感を抱くことは無くても、日本への警戒心がむくりと頭をもたげるのが目に見えるようでした。
私は1980年代に英国に留学した経験がありますが、表向きは日本や日本人に対して好意的な感情を持っている英国人でも、前大戦時のわが国に対しては強い疑念と不信感を持っていることが分りました。田舎町のパブで、実際に日本軍と戦った経験のある老人から「私は日本と日本人が嫌いだ。凶暴で野卑で油断がならない」と静かな口調で言われて衝撃を受けたこともあります。
貴国民や中国人に始まって、アジアの多くの国民も軍国主義日本に冒涜された過去を持っています。アジアの国々の中にはわが国の過去を許し、友好的な関係を築いているところもありますが、彼らとて日本が再び過去の狂気に陥って、近隣国民に横暴を働く可能性がゼロではないことを知らないわけではありません。そして欧米諸国の場合は、胸中に秘めている「過去形の日本」への警戒心はさらに強い。大人である彼らはそれをおおっぴらに口にしないだけです。
戦後一貫して築いてきた「平和国家日本」「平和主義者日本人」のイメージは、わが国の経済大成と共に欧米諸国民に好意的に見なされ、あまつさえ賞賛されて来ました。しかしごく最近になって、ナショナリストと見なされる安倍首相と周辺への警戒感から、そのイメージにたちまち疑問符がついて、特にインテリ階級の人々の日本への印象が曇り始めています。あなたはそうした空気が拡散しつつあるヨーロッパで、実にタイミングよくわが国を攻撃したのでした。
あなたの日本貶め作戦はうまく運んでいます。いわゆる知日派の知識人やアジア通のインテリなどを別にすれば、国際世論に大きな影響力を持つ欧米の大衆は東アジアの情勢などほとんど知らず、また興味もありません。ですから、あなたのようにポピュリスト的に日本批判を展開するととても簡単に影響を受けます。多くの人々がそうやって「日本悪者」意識を薄っすらと抱きます。その感情は世界中の人々が「漠然と」覚えている軍国主義時代の日本の悪のイメージに易々と重なって、「日本悪者」意識がさらに強調されていきます。
あなたに対抗する手っ取り早い方法は、わが国の首相が世界に赴いてあなたの主張がブラフである、とあなたがやったような仕方で論駁することです。ところが残念ながらそれは逆効果になることが目に見えています。なぜなら安倍首相は欧米各国からナショナリストというレッテルを厚く貼られている存在です。つまり軍国主義の巨悪に繋がる思想信条を持った指導者と見られているのです。彼が欧米諸国に出向いてあなたの主張に反論しても、人々にまともに受け入れられることは難しく、それどころか強い反発を受ける可能性が高い。
慰安婦問題について、恐らく首相自身が信じているままに「軍の強制関与を示す証拠はない」などと主張しようものなら、欧米の世論は一斉にブーイングを投げかけるに違いない。なぜなら欧米の世論(またそれに強く影響される国際世論)が信じているのは、あるいは信じたがっているのは、軍関与の証拠の有無などでは断じてなく、彼らが思い描くところの、あの悪鬼のような旧日本軍なら『やりかねない』という彼らの中のイメージ、あるいは漠然とした知識、又はぼんやりとした恐怖の方だからです。
あなたの対日強硬姿勢の根幹を成しているのは、歴史認識でも竹島でもなく、まさに従軍慰安婦問題なのだろう、と私は推測しています。従軍慰安婦はそれが日本軍にまつわる存在であろうとなかろうと、女性にとっての最大の侮辱の一つです。だからこそあなたは韓国国民として、また大統領として、そして何よりも女性として、従軍慰安婦となって屈辱の人生を過ごした同胞女性のために、心底からの怒りを表明しているのでしょう。
もしかするとあなたは、人類の歴史の中で連綿と続いてきた男尊女卑、女性蔑視、あるいは女性差別の風潮の最たるものが慰安婦だと考えているのかもしれません。そのことで憤激しているあなたは、日本との関係改善という「取るに足らない些事」のために、今さら上げた拳を下ろすわけにはいかない。そうやってあなたは頑なな態度で慰安婦問題を言い立てている。それは世界世論を味方に付けるうまいやり方です。女性は言うまでもなく、世界中の良識ある男たちも人類の歪んだ女性差別の歴史を恥じ、これを改善するのが道だと捉えて努力を続けています。だから皆あなたの側に付きやすいのです。
多くの人々の努力の甲斐もあって、女性差別の環境は近年大きく改善されてきました。日本同様に女性軽視の雰囲気が強い韓国において、あなたが貴国初の女性大統領に選出された素晴らしい出来事も、世界の多くの女性やフェミニストたちがこれまでに戦ってきた成果の一つであることは、ここで改めて指摘するまでもありません。
あなたは大統領就任直後に訪問したアメリカでも、今回の欧州訪問でも異例の大歓迎を受けました。欧米諸国のあなたへの好意は、あなたが女性であることへの特別の温情と敬愛と期待と喜びからも来ています。あなたは各国のその普遍的な友誼をうまく利用して、日本叩きを実行しました。そしてそれは成功しました。
大統領閣下、そうなのです。あなたは国際世論に訴えて日本を貶める作戦にもう十分に勝利しました。女性差別という大局的なテーマを、従軍慰安婦を旗印にして闘い、わが国を生贄にして攻勢をかけ、糾弾し、やがて成功を収めました。国際世論は日本の過去の古傷を思い出して疑心暗鬼に陥っています。私たち日本国民はあなたの攻撃によって十分に辱めを受けました。広告宣伝合戦はあなたの圧倒的な勝利です。
大きな戦果を収めたあなたは、これからは日本との対話を模索する行動を取るべきです。聞くところによると貴国内にもあなたの対日強硬路線に危機感を抱き始めた勢力があるといいます。それはあなたの行き過ぎた対日批判が曲がり角に差し掛かっていることを示唆しています。
私たち日本人は過去に多くの過ちを犯し、現在も多くの失敗や問題を抱えています。しかし、あなたは認めたくないでしょうが、わが国はまた世界から賞賛され、友誼を示され、その独特の文化と精神を高く評価されている国でもあります。あなたにまるで取るに足らぬ国でもあるかのように軽侮されるいわれはありません。
あなたは一国の大統領として隣国に尊敬の念を示すべきです。それは日韓の間に懸案が山積している現実とはまったく別次元の、国家元首としての節義であり、人としての道理です。
あなたの対日強硬姿勢は、貴国内で親日と見られないための偽装、という見方も日本にはあります。しかしさすがにあなたの常軌を逸した日本攻撃の激しさに、そうした楽観的な見方は影を潜めて、国民の間に緊張感が走っています。あなたの反日感情は半端ではないと人々は考え出したのです。それは同時にわが国内に反韓国、嫌韓国感情が一気に高まることをも意味しました。なにしろ日本国内には貴国との関係改善などしなくても良い、韓国など無視してしまえ、という強硬な意見も台頭しつつあります。それはとても残念なことですし悲しい出来事です。それどころか危険でさえある。
日韓が戦火を交える、という図はきっと荒唐無稽なものでしょう。しかし、わが国と貴国は、少し大げさに言えば精神的にほとんど戦争状態にある、と言ってもおかしくないほどの仲違いに陥っています。この状況こそ荒唐無稽です。これは中国とわが国の関係にも言えることですが、日韓の我々は隣同士であり、歴史的また文化的にも多くの共通項を持つかけがえのないパートナーです。これ以上いがみ合うのは良くありません。
繰り返します。日本バッシング戦で大成功を収めたあなたは、今度はぜひ日本との関係修復を目指すべきです。あなたの嫌いなわが国の安倍総理は、対話の扉を大きく開けて待っていると公言しています。彼はナショナリストです。あなたはそのことが気に入らないとおっしゃるかもしれませんが、私からみるとあなたもかなり強情なナショナリストです。そう言えばお二方は良く似ていますね。どちらも国のトップに登り詰めた人物を父と祖父に持ち、いかにも世襲政治家らしい温和な容貌をしていますが、中身は一本筋の通った相当のくせ者同士。もっともくせ者でもなければ一国のリーダーは務まらないとは思いますが。
私はナショナリストとは一線を画すると自負する者ですが、対話に応じる能力と意志がある限り、いかなるナショナリストも尊重します。右や左や保守や革新などという政治的レッテルに、あまり意味があるとは思えないのです。それは各自の持つ思想信条や哲学の違いのことですから、お互いがそのことを認め合って、その上で文明人らしく対話をし、議論をすればいいのです。民主主義社会に於ける政治的レッテルは、議論をし易くするための道具に過ぎない、とさえ私は考えています。
議論をしない者は蛮人と同じです。対話ができず、自らの主張ばかりをわめきたて、従って相手への尊敬心などひとかけらも抱けない。彼らはわめき散らしてやがて武器を手に取り、ついには戦争への道を突き進みます。それは左右の思想信条とは関係ありません。彼らはただひたすらの極論者であり過激派であるだけです。過激派には右も左もありません。彼らはそっくり同じなのです。あなたがそんな極端思想の持ち主ではないことを心から祈っています。
敬具