南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の訃報が、世界中を駆け巡っています。95歳でした。

周知の通りマンデラ元大統領は、南アフリカの悪名高いアパルトヘイト・人種隔離政策に立ち向かい、それの撤廃を求める激しい闘争の中で27年間に渡って投獄されました。獄中からも黒人解放を訴え続け、1990年に釈放。翌年、アフリカ民族会議(ANC)議長に選ばれました。そして1993年ノーベル平和賞を受賞。1994年には同国初の黒人大統領に就任したのでした。

今年2013年は、あるいは黒人解放運動の節目の年として歴史に大きく刻印されるかも知れません。というのも本年は、公民権運動の指導者キング牧師が「I have a dream」演説を行なってからちょうど50年の節目であり、同時にそれを積極的に支持したケネディ大統領がダラスで暗殺されてからやはり半世紀の銘記年でもあります。

 また今年4月に開催されたローマ教皇選出会議・コンクラーベでは、当選には至らなかったものの、ガーナ出身の黒人司教ピーター・タークソン卿が、多くの支持者を集めるという出来事もありました。

 黒人のタークソン卿がカトリック教会の最高位聖職者、つまりローマ教皇の座に就くことは、アメリカ合衆国に史上初めて黒人の大統領が誕生したことよりももっと大きな意味を持つ、歴史の輝かしいターニングポイントになるところでした。なぜならオバマ大統領はアメリカ一国の指導者に過ぎませんが、教皇は世界各国にまたがる12億人のカトリック教徒の精神的支柱となる存在だからです。

 南アフリカで虐げられてきた黒人のために、そして世界中の抑圧された人々のために、ひいては人類全体の進歩のためでもある闘争を戦い抜いた偉大な人物が、また一人亡くなったのは悲しいことです。しかし、元大統領が世界の人種差別運動の節目の年に他界した事実は、今後も繰り返し思い出され話題になって、さらに深く歴史に刻まれて行く事も意味しますから、偶然とはいえ何かの因縁も感じます。

 マンデラ元大統領は、南アフリカの人種差別に敢然と立ち向かったのですが、それは脈絡もなく始まったのではなく、米国における黒人解放運動と深く連動していました。

 公民権運動に代表される米国の人種差別反対運動は、1862年のリンカーンによる奴隷解放宣言から1955年のローザ・パークスの抵抗を経て、キング牧師による50年前の「I have a dream」演説のうねりを介し、ついには2009年、アメリカ初の黒人大統領の誕生という大きな歴史の転換を迎えました。

 そうした米国での歴史変革の波は、南アフリカの反アパルトヘイト運動にも強い影響を与え、南アフリカの鳴動は翻ってアメリカにも力添えをする、というグローバルな人種差別反対運動の奔流となって今日に至っています。

 マンデラ元大統領の歩みをざっと見てみますと、ちょうどキング牧師のワシントン大行進の頃、反アパルトヘイト運動の闘士だった彼は国家反逆罪で逮捕。その後、27年間に渡って収監されますが、獄中でも決して怯まずに闘争を続けました。

 彼が戦いを続けられたのは、米国での絶え間ない反人種差別運動とそれを支持する国際世論が、同時に南アフリカの人道無視政策を非難し獄中のマンデラ氏を一貫して支援したからです。

 ネルソン・マンデラは1990年に釈放され、前述したように94年には黒人初の大統領に就任。それに合わせて、彼の釈放の前後から段階的に撤廃されてきた南アフリカのアパルトヘイトも、ついに完全撤廃されました。

 世界に大きなインパクトを与えた南アフリカの変化は、米国内の人種差別反対運動にも連動し、それを鼓舞し、さらに勢いを与えて、ついに2009年1月、ネルソン・マンデラを人生の師でありお手本だと公言するバラック・オバマが、黒人初の米国大統領に上り詰めたのでした。

 そうした世界変革のうねりは、われわれの住むこの世界が差別や偏見の克服へ向けて一歩また一歩と確実に前進していることの証に他なりません。

 半世紀前に「I have a dream」と格調高く訴えて世界中を熱狂させたキング牧師の夢を、完成に向けて確実に前進させたマンデラ元大統領の偉大な足跡を偲びつつ、ほぼ無力に等しい全くの微力ながら、そこへ向けて自分も「何かできないか」と問い続けて行きたいと思います。