サッカーW杯でドイツが見事な勝利を収めてからちょうど1週間が経ったが、欧州にはサッカー効果あるいはドイツ効果とも呼ぶべき心地よい空気が充満していて、興奮が未だ冷めやらない。
ドイツのW杯制覇は4度目である。だが、今回の成功は過去3回とはまったく色あいが違う。なぜなら優勝チームがドイツ初の人種混合チームだったからである。その事実はドイツに大きな幸運をもたらした。
と言うのもドイツはそれによって、戦争の悪夢をまた一つ払拭したからである。もっと具体的に言えばナチスの呪縛からさらに少し解き放たれた。
ナチスドイツは、選民思想によってユダヤ人を始めとする多くの人々と「人種」を差別し殺戮した。戦後そのことを深く反省したドイツ国民は、ひたすら低頭しながら国を建て直し、欧州に貢献し、世界にも好影響を与え続けてきた。
欧米を始めとする世界の人々は、ドイツの謙虚と繁栄を認め、戦時の大罪を許してきた。だが、誰ひとりとしてナチスの悪を忘れた訳ではない。
それどころか、当のドイツ人を含めた世界の心ある人々は、再びナチスと同じ間違いを犯さないために、ナチスの記憶を忘れまいと努力をしている。
ナチスの記憶の最大のもの、つまり人種差別主義は、ドイツのサッカーチームにも影を落とし続けてきた。
戦後もずっとほぼ純ドイツ人(白人)のみでサッカー代表チームを構成してきたドイツは、例えば移民系選手も多いフランスや英国やオランダなどに比べて、白人至上主義が強いと見られてきた。
それは容易にナチズムの記憶を呼び起こす要素であり続けた。 誰も正面きって口にしようとはしないが、ドイツ以外の欧米の人々は、戦後ドイツの足跡を賞賛しつつも、ナチスを生んだ同国への警戒心を決して解かない。
ドイツの反省には信用できないものがあるのではないか、と心の底の底で密かに思い続けてきたし、今も思っている。
それは敢えてここに記しておけば、戦後日本に対する世界の人々の心情にも通じるものである。そのことを理解できない者は、たとえば石原慎太郎氏の系譜に連なる、世界から目を逸らしてひたすら国内の民族主義者とその周辺のみに媚を売る「引き籠りの暴力愛好家」たちだけだろう。
中韓あるいは北朝鮮だけが日本の過去の暴挙をいつまでも覚えている、ということではないのだ。今は日本に好意的でいる国々を含む世界中の目が、常に日本の動向を監視していることを、石原氏の系統のナショナリストたちは知るべきである。
人々が疑心暗鬼 で見るドイツの、その象徴とも言えるサッカー・ナショナルチームに、2004年の欧州選手権失敗を機に変化が生じた。東欧やアジアやアフリカなどにルーツを持つ移民の息子たちが徐々に加わって、チームの核が作られ始めたのだ。
人種混合チームは2008年の欧州選手権、2010年のW杯南アフリカ大会、2012年の欧州選手権大会などを経て次第に強くなり、注目を浴びるようになった。そしてついに、今回のW杯ではさわやかに且つ強力に勝ち進んで、文句なしの頂点を極めた。
人種混合チームの活躍なら他に例えばブラジル、フランス、英国、オランダ等々、過去にいくらでもある。しかしドイツがそうであったことは一度もなかった。ドイツはいつも「純白人」チームだった。あるいはその印象が圧倒的に強いチームだったのだ。
それがここ数年で完全に人種混合チームに変わり、しかも大きな成功を収めた。ドイツチームのW杯制覇が静かに欧州を揺るがしているのは、まさにその一点に尽きる。
ドイツサッカーは常に強い。従ってW杯で優勝すること自体はそれほどの驚きではあり得ない。ひとえに人種混合チームということが心地よい驚きをもたらしているのだ。
それはドイツにとっても欧州にとっても、また世界にとっても非常に大きな幸運である。
なぜなら再びそれは、われわれの住むこの世界が、差別や偏見や憎しみの克服へ向けてまた一歩前進したことを象徴する、素晴らしい出来事だからである。