イギリスの詩人バイロンは「英国の冬は7月に終り、8月に再び始まる」とうたった。

それは北国の長い冬を皮肉る形で、母国のはかない、光の乏しい、寂しい夏を嘆いた詩である。

イギリスを含む北欧の夏はそれほどに短く、陽光は弱い。

南国生まれの僕は、若い頃ロンドンに足掛け5年住んだが、長い冬と短い夏が連続する気候に中(あ)てられて少し健康を害したほどである。

イギリスを始めとする北欧の人々は暑い夏の輝きに飢えている。

ここ南欧のイタリアの夏は、それら北の住人達が激しく憧れる地中海域の光に溢れている。

ところが今年は寒い雨の日が続き、ほぼ9月半ばの今も雨天の多い気温の低い日が続いている。

おかしな夏の予感は6月終わりから7月初めに行ったチュニジアでもあった。

シチリア海峡をはさんでわずか150キロほどの距離にあるチュニジアは、イタリアから最も近い北アフリカのアラブ国。

元はフランスの植民地だが、その前はローマ帝国の版図の中にあった。

歴史的事情と、シチリア島に近いという地理的事情が相まって、同国にはイタリア人バカンス客が多く渡る。

1980年代に、イタリアにしては長い4年間の政権維持を果たした社会党のベッティーノ・クラクシは、汚職事件の関連で失脚してチュニジアに亡命。その後イタリアに帰ることはなく同地で客死した。

似たようなエピソードはイタリアには多い。イタリア人はチュニジアが好きなのである。

そんなわけでイタリアーチュニジア間には多くの飛行便があり船も行き交う。

そのうちの一つを利用して僕もチュニジアに渡ったのだが、アフリカのビーチにしては連日涼しい日が続いた。

いや、日なたに出ると斬りつけるような強烈な光が襲うのだが、日陰では涼しく夜もしのぎやすい日々だった。

つまりシチリア海峡の向こう側のイタリアの気候は、北アフリカの海岸でも感知できたのだ。

今にして思えば、それは冷夏の予感に満ちていた。

イタリアの夏は、普通の場合、8月半ば頃に終りが始まる。

テンポラーレ(雷雨を伴なう暴風)が頻繁に起こって暑気を吹き飛ばして行き、8月の末にもなると涼しさを通り越して肌寒い日さえある。

今年はそれが7月から始まった、という風である。

まるでイギリスの夏みたいに。

いや、少し違う。

今年のイタリアの夏は、英国よりももっと英国的な、肌寒い寂しい夏だ。

というか、夏だった・・

今の空気はもう明らかに秋である。山や海のリゾート地が期待した好天の9月は恐らく巡り来ないだろう。

で、そういう天気が嫌いかというと、実はそうでもない。

というか、日日是好日、雨は雨、冷夏は冷夏で、それなりに面白いと思う。

もちろん農家や観光地は大変な目に遭っていて気の毒なのだが・・・