先月、イタリア政府は軍の管理の下で医療用大麻の栽培を進めると決めた。

それに関連してイタリアの麻薬汚染状況についてブログ記事を書き出したが、一向に進まず書き止まっている。

僕は90年代の半ばにイタリアの麻薬問題を取り上げたドキュメンタリーを作ったことがある。その作品はテレビ局によってずたずたにされ、改編され、報道番組として細切れに電波に乗った。

僕は怒りまくったが、編集権を含む全ての権利は金を出したテレビ局にあったので、どうすることもできなかった。その局とは以後一切付き合わないと決め、その通りになった。

ブログが書けないのはしかし、苦い記憶のせいではもちろんない。

当時僕はスタッフを総動員して麻薬関連の事実を徹底的に調べ上げた。自分でも足を使いコネを使い無いアタマを使って懸命に勉強した。真剣に番組制作に向かい合うときは常にそうであるように。

そうして力を尽くした事案は、番組終了と同時に僕の興味の対象外に去ってしまうことがある。調べ尽くし、格闘し尽くした内容が激烈だったりすると、しばらくそのことを忘れたくなるのだ。

イタリアの麻薬問題がまさにそうである。

それでも記事を書くと決めた以上、今の情報を集め確認し自分なりに検証しなければならない。

その作業に手間取っている。だから短いブログ記事に過ぎないのに中々書き終えることができない。気分が重い。

などと愚痴をこぼしている暇があったら記事を書けばいいのに、と自分に言い聞かせながらこうして愚痴三昧の駄文を書くのは、もしかして気分転換にならないかとの思いから・・