先日、中東の民主化運動「アラブの春」の引き金となった「ジャスミン革命」の地元・チュニジアで議会選挙が行われた。結果、世俗派政党の「ニダチュニス (チュニジアの呼びかけ)」が勝利し、これまで第1党だったイスラム主義政党「アンナハダ(再生)」は第2勢力に後退した。

中東から北アフリカにかけてのアラブの国々は「アラブの春」以降もイスラム主義の台頭で政治不安や騒乱が絶えない。その中にあってチュニジアは曲がりなりにも民主化が進展した国だが、保守色の強い「アンナハダ」を抑えて「ニダチュニス」が第一党になったことは、同国の民主化が一層進むことを示唆している。

とは言うものの、「ニダチュニス」は全体の39%に当たる85議席を獲得しただけで、単独過半数には至らなかった。そのために今後は、全体の32%の69 議席を得たイスラム主義政党「アンナハダ」との連立政権を目指すと見られる。連立には「アンナハダ」も意欲的とされるが、硬直した考え方をするイスラム主義政党との提携は、恐らく前途多難だろうと推測できる。

議会選挙の前の7月、僕はそのチュニジアを旅した。チュニジアはイタリアから最も近い北アフリカのアラブ国。イタリア南端のシチリア海峡をはさんで約 150キロの距離にある。元はフランスの植民地だが、そのはるか以前はローマ帝国の版図の中にあった。歴史的事情と、シチリア島に近いという地理的事情が相まって、同国にはイタリア人バカンス客が多く渡る。

1980年代に、イタリアにしては長い4年間の政権維持を果たした社会党のベッティーノ・クラクシ元首相は、汚職事件の関連で失脚してチュニジアに亡命。その後 イタリアに帰ることはなく、同地で客死した。似たようなエピソードはイタリアには多い。イタリア人はチュニジアが好きなのである。

そんなわけでイタリアーチュニジア間には多くの飛行便があり船も行き交う。そのうちの一つを利用して僕もチュニジアに渡った。 リサーチと少しの休暇を兼ねた一週間の逗留。多くの遺跡や首都チュニスなどを精力的に回った。ジャスミン革命は未だ終焉していないとも言われるが、同国の世情は平穏そのものだった。

しかし実はその頃チュニジアは、来たる議会選挙へ向けて国中が熱く燃えていた。それは革命後に憲法制定のために設置された暫定議会に代わる、正式な国会を発足させるための重要な選挙である。それに向けて国中で有権者の名簿作りが急ピッチに行われていて、首都チュニスの政府庁舎近くに作られた登録所前には、多くの市民が行列を作って登録をしていた。

また滞在中に僕がよく買い物をしたフランス系の大手スーパー「カルフール」の売り場の一角には、「チュニジアを愛する。だから登録をする」という標語を掲げた有権者登録所が設けられていて、ヒジャブ姿の受付の若い女性2人が、次々に登録にやって来る有権者の対応に追われていた。

周知のようにチュニジアでは2011年に民主化を求めるジャスミン革命が起こり、23年間続いたベンアリ独裁政権が崩壊した。それはエジプトやリビアさらにシリアなどにも波及して、アラブの春と呼ばれる騒乱に発展した。だが多くのアラブ諸国では、騒乱は収まるどころかむしろ民主化に逆行する形で継続している。

例えばアラブの大国で周辺への影響も大きいエジプトでは、独裁軍事政権を倒した民主化運動を、再び軍が立ち上がって弾圧するなど、明らかにアラブの春の後退と見える事態が発生している。それよりもさらに混乱の激しいリビアやシリアの場合は、ここに論を展開するまでもない。

アラブ全域の民主化の確たる行方が知れない中で行われたチュニジアの議会選は、ベンアリ独裁政権が崩壊した直後に制定された憲法の下で初めて実施された。同憲法は大統領権限を国防と外交に限定し、行政権その他の権限は議会の多数派が組閣する内閣に付与すると定めている。

従って議会選が国民による 実質的な政権選択の機会となる。比例代表制で行われた今回の選挙では、先に書いたように世俗政党の「ニダチュニス」が選挙に勝ち、恐らく連立政権が樹立されるであろうと考えられている。

チュニジアではまた、今月23日に大統領選挙も行われる予定である。議会第1党の「ニダチュニス」からは、総選挙を勝利に導いた党首のカイドセブシ元首相の立候補が有力視されている。カイドセブシ党首は、ジャスミン革命後の「アンナハダ」政権下で台頭したイスラム過激派への警戒を選挙戦で強く呼びかけて、市民の支持を取り付けた手腕が評価されている。

アラブの春の民主化は、繰り返し述べたように、チュニジアを除けば一進一退の状況が続いている。しかし、それはきっと本格的な民主化に至るまでの足踏みなのだと思いたい。アラブの春が結実するためにも、その手本としてチュニジアの民主化が大幅に前進してほしい、と僕は先日の旅行中、アフリカの強烈な日差しに焼かれながら思い、総選挙が終わった今はさらに強くそう願っている。