過日、ベニス近くの村で行われた友人の結婚式に出席した。友人とは花嫁のアンナと花婿のマルコ。ともに50歳代半ば過ぎ。マルコは元麻薬中毒患者でイタリア人の妻の幼なじみ。今では僕の友人でもある。

イタリアの麻薬汚染は根深い。誰の身近にも麻薬問題を抱える人間が1人や2人は必ずいる。僕の周りには、オーバードーズなどで亡くなった者以外に、マルコを含めて7人の患者や元患者がいる。

その人数には、僕がテレビや文字媒体での取材を通して知り合った、薬物中毒者や元中毒者は含まれていない。また面識はないが、家族や友人知己を介して聞き知っている常習者も数えていない。

僕が直接に知っている麻薬患者7人のうちの2人は、現役というか今現在の依存症患者。友人と知人の息子である。若い2人は共に麻薬患者更正施設に入っている。

残りの5人は元麻薬中毒者。5人とも40歳代から50歳代の男性4人と女性1人である。彼らのうち早くに中毒から抜けた者は良いが、遅れて開放された者は今も後遺症に悩まされている。

マルコとアンナが10代で出会った時、彼は既に麻薬に溺れていた。アンナはマルコに寄り添い、世話を焼き、麻薬の罠から彼を救い出そうと必死の努力を続けた。

アンナの献身的な介護の甲斐があって、マルコは麻薬中毒から解放され、地獄のふちから生還した。彼が20歳代半ばのことである。
 
しかし、彼は麻薬をやめても精神的に不安定で、落ち着いた普通の暮らしができなかった。元麻薬中毒者によくあるパターンで、肉体的な依存症がなくなっても、精神的なそれからは容易に解放されずに苦しむのである。

2人の息子をもうけながらも、彼らは結婚の決心がつかず、一時期は別れたりもした。マルコが落ち着き、アンナが彼と結婚しても良い、と感じ始めたのは40歳代も終わりのころだったという。
 
10代の後半で麻薬中毒になり、20代でそこから開放されたマルコは、早くに麻薬のくびきから逃れた患者の部類に入る。それでも以後、彼は麻薬の「精神的」禁断症状に苦しみ、還暦が視野に入った今でも「元麻薬中毒者」という世間の偏見と、自らの負い目に縛られ続ける時間を過ごしている。

教会で行われた結婚式では、28歳と26歳の彼らの息子が、結婚の証人として2人の両脇に寄り添って立った。それは正式なものではなく、長い春を経て結婚を決意した両親を祝福する意味を込めて、息子2人が「ぜひに」と教会に申し出て実現したものだった。

2人の結婚を、特にアンナのために、僕は心から喜んでいる。長年マルコに尽くしてきたアンナは、とても女性的でありながら身内にきりりと強い芯を持っている。それは慈愛に満ちた母親的なものである。
 
アンナはその強い心で、廃人への坂道を転がっていたマルコを支えて見事に更生させたのだ。穏やかなすごい女性がアンナなのである。

                               (つづく・随時)