今年6月で90歳になるイタリア・ナポリターノ大統領が辞任したのを受けて、後継者を選ぶ大統領選が行われ、元国防相で憲法裁判所判事のセルジョ・マタレッラ氏が選ばれた。

国父とも慕われたナポリターノ大統領は、1期目7年の任期が終わろうとしていた2013年、政治混迷の中で議会に強く請われて2期目の大統領選に出馬し、当選した。

その時既に87歳だった同大統領は、政治混乱が収束した時点で辞任したいと明言し、議会も国民も納得した。絶大な人気を誇った老大統領は先日、約束通り任期途中で引退した。

マタレッラ新大統領は73歳。選挙では民主党所属のレンツィ首相の支持を受けて、国会議員と地方代表を合わせた総数1009票のうち665票を獲得した。予想以上の勝利は、反目するベルルスコーニ元首相のグループが切り崩されたからである。

マタレッラ大統領の誕生は、彼を強く支持したレンツィ首相の、初めての政治的な勝利と言っても過言ではない。なぜなら39歳という若さを売り物に政権を担ってきた同首相は、ここまでほとんど何の実績も残していないからである。

レンツィ首相は内部分裂の激しい民主党と、中道右派を含む連立与党の全てをマタレッラ支持で一つにまとめた。マッタレッラ氏は過去に何度もベルルスコーニ元首相と対立している。彼を支持することは即ち元首相への反目を意味する

元首相は脱税で有罪判決を受け、議員資格を失いながらも依然として政界に大きな影響力を行使している。レンツィ首相は、反ベルルスコーニ色の強いマタレッラ氏と組むことで元首相に打撃を与え、彼の影響力を削いだと考えられている。

マタレッラ新大統領は、イタリア・マフィアの本拠地シチリア島出身。彼の政治家人生は、そのマフィアとの関わり合いの中で始まり、決定付けられた。

マタレッラ家はシチリアのケネディ家とも称される名門政治家一族。父親のベルナルド・マタレッラは島の有力政治家であり、1950~60年代には閣僚も歴任した。また実兄のピエルサンティはシチリア州知事に登りつめた。

若き日のセルジョ・マタレッラは政治には興味がなく、学者としての道を歩んでいた。しかし1980年、大きな転機が訪れた。その2年前にシチリア州知事に選出されていた実兄のピエルサンティが、マフィアの襲撃を受けたのである。

州知事の兄はマフィアとの対決姿勢を鮮明にして活動していた。1980年1月6日、州知事が公顕祭(Epiphany :キリストの姿が公になったことを祝う祭り)のミサに出席するため家族と共に車に乗り込んだ時、マフィアの刺客が知事に向けて8発の銃弾を打ち込んだ。

たまたまその場に居合わせた弟のセルジョ・マタレッラは、救急車に乗り込んで虫の息の兄を膝に抱いたまま病院に向かった。兄の体とそれを掻き抱いている弟の体が鮮血にまみれ車中に血の海が広がった。

州知事は病院に着く前に死亡した。弟のセルジョはその日いっぱい、急報に接して次々に病院に駆けつける家族や友人知己の対応に追われた。そのときの彼の衣服は兄の血でぐっしょりと塗れたままだった。

その凄惨な経験がセルジョの人生を180度変えた。彼はマフィアの銃弾に倒れた兄の後を継いで政治家になる決断をした。心中にあるのはマフィアへの怒りと犯罪組織を合法的に殲滅するという決意だった。

寡黙で節度ある物腰が人々の尊敬を集めていた法学者セルジョ・マタレッラは、3年後に下院議員に初当選して政界入り。筋金入りの反マフィア政治家へと変貌 を遂げた。政治家になってからも彼の控えめな態度は変わらず、その慎重な物腰が逆に彼のしたたかさを際立たせる、とも評価される。

アンドレオッティ内閣で教育相を務めていた1990年、セルジョ・マタレッラはベルルスコーニ元首相所有の企業に大きく利すると見られた「メディア自由化法案」に猛烈に反対。抗議の為に教育相を辞任した。以来彼は反ベルルスコーニの旗手としての顔も持つことになった。

レンツィ首相はそのマタレッラ氏を担ぎ出すことで、反ベルルスコーニの旗印を鮮明にし、且つ勝利した。今後は首相と大統領が手を組んで改革を進めることになるだろう。そして恐らく彼らの行く手には、ベルルスコーニ元首相が常に立ちはだかることになる。

イタリア大統領は国会を解散し、総選挙を行い、首班指名をする権限がある。しかし政局が安定している場合、それらは儀礼的な役割に過ぎない。ところがそれ は政局が不安定化すると一転して強い権力になる。そしてイタリアは政治不安が頻繁に起こる国である。結果的に大統領は、重要な意味合いを持つ地位、というこ とになる。 

反マフィア、反ベルルスコーニのシンボルであるマタレッラ新大統領は、経験不足が露呈しつつある若きレンツィ首相の、起死回生に向けてのあるいは起爆剤 の役割を担う存在になるかもしれない。それは取りも直さず、2人がベルルスコーニ元首相の影響力を徹底排除する方向に動き出すことを意味している。