法廷で裁かれている被告人が、いきなり隠し持っていた拳銃を取り出して発砲し、弁護士や裁判官らを殺害するという、信じがたい事件がイタリアのミラノで起きたが、そこには少しの救いがあった。
犯人が金属探知機の備えられた通常の入り口を避けて、裁判官や弁護士や法廷職員が利用する金属探知機のない特別入り口に、偽造の身分証明証を示して侵入した、という事実があったからである。
ところが、事件の捜査が進むにつれて、当初の見解が誤りで犯人は金属探知機が設置された通常の入り口から侵入した可能性が出てきた。監視カメラの映像がそれらしい動きを捉えていた。
犯人が入り口を通ったとき金属探知機は警報音を発した。ところが警備員はそれを見逃した。犯人の直前に通った男にも警報音が鳴り、警備員はそのチェックに頭が一杯だった可能性があるのだという。
ミラノ裁判所は広大な建物で、荷物搬入用を含む合計6箇所の門口がある。人の出入りも多い。ゲート型探知機は犯人の次に通った男にも警報音を鳴らしたが、警備員は今度はきちんとチェックした。
忙しい動きの中で、拳銃を隠し持った犯人だけがたまたま検閲をすり抜けたということらしい。犯人が黙秘権を行使しているためビデオ映像で確認を取っているものの、画質が悪く捜査は難航している。
僕はそのニュースを知って、先日開幕したミラノ万博のセキュリティーを本気で心配し始めた。裁判所という重要な施設でさえ杜撰な警備システムがまかり通る街で、もしも過激派などの襲撃があった場合に対応できるのか、と気になるのである。
なにしろイタリアはこんな実話まで生み出してしまう国だ。以前にもそこかしこに書いたが、再びここにも記しておくことにする。
拳銃を上着のポケットに入れたまま忘れていた男が、ミラノの空港の金属探知機ゲートを何の問題もなく通過した。彼は飛行機に乗ってから拳銃に気づき、スチュワーデスにそれを預けようとした。
銃は合法的に取得、登録されたものだった。しかし、だからといって機内に持ちこんで良いというものではない。男の武器を見て乗客が騒いだ。
2001年の米同時多発テロ以降、イタリア中の空港はテロ対策で常時厳戒態勢下にある。すぐに手荷物検査の手抜きが糾弾され、安全対策本部のボスの首が飛んだ。これではテロの恐怖に対応できないという訳である。
それにも関わらずに再び発生した公共施設での警備の不始末。空港での出来事と瓜二つのミラノ裁判所の事件は、国や市など当局の警備システムが、ほとんど改善されていないことを示唆しているように見える。
イタリアではきちんと登録をすれば猟銃も拳銃も割と簡単に手に入る。昔から火器技術の発達した国だからごく自然だし、違和感もない。銃の有名ブランド「ベレッタ」もイタリアのものである。
ピストルを上着のポケットに入れてすっかり忘れてしまうような人間がいる事実が、イタリア社会における銃保有率の高さを物語っていると思うが、実はそれは欧米をはじめ世界では少しも珍しいものではない。
日本のように銃の保有を厳しく制限している国の方がむしろ珍しいくらいだ。狩猟の伝統と自衛権を重んじる哲学が銃の保持を許容している訳だが、戦乱や社会不安が人々を火器取得に走らせる国も世界には多い。
イタリアの銃保持率が普通程度に高いのは狩猟が盛んだからだ。同時に、アメリカほどではないにしろ、自衛の為に火器を所持する者はイタリアでも結構多い。その場合は猟銃よりも拳銃が一般的である。
ミラノ裁判所の銃撃犯も飛行機の男も、合法的に取得した拳銃を持っていた。またイタリアでは合法的なもの以外に、マフィア等の犯罪組織関連の不法な銃器保持も多いと見るのが妥当だろう。
それだけにこの国は、金属探知機などを備えた警備システムを誰よりも充実させて然るべきだが、ミラノ裁判所や空港での不祥事などを見る限り、とても自慢できる水準ではないように見える。
イタリアは米国で起こった同時多発テロ以来「イスラム国」やアルカイダなどの過激派組織から名指しでテロの脅迫を受け続けている。カ トリックの総本山・バチカンを擁し、重要な文化遺産も多いこの国は、宗教のみならず欧州文明も破壊したい、と渇望するイスラム過激派の格好の標的になっているのだ。
残虐非道な 「イスラム国」は、ローマを襲撃してバチカンを破壊する、とさえ公言している。彼らがその前にテロリストをミラノの万博会場に送り込む可能性がないとは言えない。万博会場の警備体制は厳しく、万全だとされている。必ず遺漏がないことを祈りたい。