先ごろイベリア半島のスペイン・アンダルシアを訪ねた。イベリア半島は8世紀から15世紀終わりにかけてアラブの支配下にあっ た。中でもジブラルタル海峡を挟んでアフリカと対面するアンダルシア地方は、もっともアラブの影響を受けた地域である。

およそ800年にも渡ったアラブのアンダルシア支配は、多くのイスラム文化遺産を同地に残した。世界遺産にも登録されている目ざましいものをざっと見ただけでも、例えばグラナダのアルハンブラ宮殿、セビリアの大聖堂とアルカサル、コルドバのメスキータ(モスク)等々がある。

それらの文化遺産の圧倒的な美しさとアラブ文明の息吹は、スペインの中でも特に旅行者に人気の高いアンダルシアを、まさしくアンダルシアたらしめているものであり、同州のみならずスペイン王国全体の宝といっても過言ではないだろう。

アンダルシアを旅しながら、僕はアラブのテロ集団「イスラム国」を思い続けた。理由は二つある。一つは彼らが極端な原理主義を掲げているとはいえ、文化遺産を残した人々と同じイスラム教徒である事実。また「イスラム国」が世界制覇への一段階として、スペインを含むイベリア半島を2020年までに支配下に置く、と宣言していることである。


後藤健二さんを惨殺した「イスラム国」の蛮行は止む気配がない。シリアとイラクにまたがる地域にはびこっていたテロ集団はリビアにも侵攻し、アフガニスタ ンやパキスタンにも魔手をのばした。中東の他の地域にも影響力を及ぼしつつ東南アジアのムスリム国にさえ忍び入る気配である。

また直近ではシリアの世界遺産パルミラ遺跡の破壊を進めながら、遺跡の保護者である82歳の考古学者ハレド・アサド氏を斬首刑にした。アサド氏がテロ集団への協力を拒んだため公衆の面前で殺害し、血まみれの遺体を遺跡の柱に吊るす、という相変わらずの残虐ぶりを見せている。

「イスラム国」が近い将来、イベリア半島からアフリカ、東ヨーロッパから中東を経てインドネシアに及ぶ広大な地域をカリフ制に基づいて支配する、というのは笑い話の世界だ。が、実はそれらの地域の大部分はかつて、あるいは現在のイスラム世界の版図ではある。彼らの主張はその意味では全てが荒唐無稽ではないのである。

そうしたことからも、その昔イスラム教徒の支配下にあったアンダルシアと「イスラム国」を結びつけて考えるのは、筋の通ったものだ。しかし同時に「こじつ け」にも似た不条理でもある。なぜならテ ロリストである「イスラム国」と一般のイスラム教徒とは断じて同じ人々ではない。

従って、例えばイスラム王朝が残したアルハンブラ宮殿と、「イスラム国」の未開と酷薄をイスラム文化あるいはアラブ文明として、ひとくくりにすることはで きない。あるいはコルドバのメスキータを生んだ創造的で開明的な人々と、人質の首にナイフを突き立てて殺害する「イスラム国の」蛮人とを同一視してもなら ない。

そのことを疑問に思う者は、日本人なら例えばオウム真理教のテロリストと自らを対比して考えてみればいい。オウム真理教のテロリストたちは同じ日本人である。だが彼らは僕やあなたを含むほとんどの日本人とは実に違う人々だ。

彼らはまさに狂気に支配されたテロリストである。イスラム過激派とイスラム教徒の関係はそれと同じだ。その単純だが重大な真実に気づけば、アンダルシアの素晴らしいイスラム文化と「イスラム国」を混同するべきではない、と明確に理解できる。

そしてそのことが理解できれば、「イスラム国」が近い将来世界の有志連合によって殲滅されるであろうことを喜ぶ気持ちにもなれる。なぜならアンダルシアに 偉大な文化遺産を残したムスリム とは無縁の「イスラム国」が破壊されても、イスラム教徒の誰も傷つくことはないからである。

その場合の理想の形は、有志連合が世界中のイスラム教徒によって結成されることだ。そうすれば非イスラム教徒は誰も戦いに参加する必要がなくなる。 それはこれまでの歴史の重要な節目ごとに他者、特に欧米人の介入によって翻弄され、傷つけられてきた中東の誇りを取り戻すきっかけになるかもしれない。

スペイン・アンダルシアの壮麗なイスラム文化遺跡を巡りながら、僕はそうした事どもを考え続けた。かつて偉大な文化・文明を有し今も大きな可能性を秘めているかもしれない「イスラム教世界」が、自らの内部に生まれた過激派の蛮行によって傷つけられ貶められて、世界から疑惑の目で見られているのは実に残念なことである。