イタリア中が大騒ぎをする大晦日から新年にかけては今回も自宅で静かに過ごした。僕らは2013年の大晦日から日本式の年越しをするようになっている。
つまりチェノーネも催さず外出もせず、まず午前11時過ぎから衛星を介して生放送される紅白歌合戦を見る。夜には同じ番組の再放送を飛ばし見しながら一杯やるというパターン。
今回はそれとも違う過ごし方をした。昼間はなんと菜園に入って小型の耕運機を使って土作りをしたのだ。その頃は雪や雨が降らず暖かいのでそんな作業ができた。
夜。ゆるゆると熱燗を傾けつつ、録画再放送の紅白歌合戦とイタリアのテレビが生中継する各地の年越しコンサートをリモコンで行き来した。
紅白は長過ぎる。かったるい場面も多いので適度にチャンネルを飛ばし見するのがいい、と気づいた。そうすればイタリアなどの歌も共に2倍楽しむことができる。
紅白歌合戦につづいて録画の「ゆく年くる年」が流れた。紅白歌合戦と同じく、それは日本とのリアルタイムで昼間に一度放送されたもの。
いま届いているのは録画だが、ちょうど年を跨ぐ時間に組み込まれているので、日本で見るときと似た趣がある。
番組の途中から外で炸裂音が響き出した。年明けを祝う花火が、年明けを待ちきれずに上がり始め爆竹がはじけるのだ。
窓外を見ると、遠くの街灯がかき消されるほどの光量が四方に満ちて、途切れない爆発の響きが最高潮になろうとしていた。
僕の住む田舎の花火。裸眼で見る光景はこの絵の100倍くらい華やかで明るくてうるさかった。
同じ頃、ヴェスヴィオ火山を背景にナポリではこんな光景が繰り広げられていた。
こんな光景も。
はたまたこんな光景も。
イタリア中で花火や爆竹やカンシャク球やクラッカーなどのありとあらゆる煙火が発火し、爆発し、弾けてどよめいた。結果、死人こそ出なかったものの、爆発で腕や手を失ったり失明した重症者16人を含む、190人が負傷した。
ケガ人の多くは例年の如く南イタリアのナポリ近郊に集中していたが、大晦日を待っていた12月29日には、北イタリアのミラノ近くの町で花火の準備をしていた22歳の若者が、誤って火薬を爆発させて両手と両目を失い、全身に激しい火傷を負う事故もあった。
そうした凶事は年々歳々飽きもせずにイタリア全土で繰り返されるが、それでも今年は負傷者の数は少ない方だった。それはあるいは、ISなどの過激派のテロへの厳重な警戒が敷かれる中での祝賀だったからかもしれない。それらのことはこの前のエントリーでも書いた。
地上から屋根にかけての明るみのさらに上には暗い空間が広がっていた。そこには炸裂した花火の残り火や残り火の一部のような発光体がたくさん飛んでいた。
UFOというのはあるいはこんな感じの空飛ぶ発光体かとも思う。
こんなふうにも。
そうやって夜が更けた。ツーか、年明けの夜が続いた
断続的に聞こえる炸裂音を聞きながら、僕は少し酔って眠った。
朝。
目覚めて、前庭に面した窓を開けてぎょっとした。
前庭の、先の園の壁角のあたり。遠目にもあざやかに赤い物体がうずくまっているのが見えた。
何かが投げ込まれた?
あるいは誰かがドローンか何かで進入して危険物を落下させた?・・
恐る恐る近づいた・・
風船?・・提灯?
燃える何か・・昨夜空に浮かんでいた・・
怪しいが、危険はなさそう
一人でちょっと遊んだ。
遊び疲れて木にぶら下げた。
去りつつ。振り向いた。
ヤバイ。
ホントの物語はここから始まる・・のかも。