ドナルド・トランプ様
何よりも先ず大統領予備選挙の2回戦、ニューハンプシャーでの勝利おめでとうございます。第1戦のオハイオでは事前の予想に反して苦杯を喫し、内心さぞ不安でしたでしょうから、第2戦の勝利の味は格別なものだろうとお喜び申し上げます。
はじめに
私は現在欧州のイタリアに在住している者ですが、かつてはニューヨークに住んで仕事をしていた経験があります。あなたがマンハッタンの5番街にトラン プタワーを建設して間もない頃のことです。当時私は貴国の公共放送PBSのドキュメンタリー番組のディレクターでした。あなたもよくご存じのあのディック・キャベットさんがキャスターを勤めた番組です。
ニューヨークとテレビ、という2点で私はあなたに因縁浅からぬものを感じています。テレビへの露出度が異様に高いあなたは、それをうまく利用してビジネスを成功させてきましたが、今度はその力も巧みに操ってアメリカ合衆国大統領にまで上り詰めかねない勢いです。すばらしいの一言につきます。
闘いのキーワード“ぶれない”
ただし、あらかじめ申し上げておきますが、私はあなたが合衆国大統領になることを喜ぶ者ではありません。喜ぶどころか、あなたがアメリカ大統領に就任することは、過激派の「IS(イスラム国)」が中東の全域を支配するにも等しいほどの由々しき事態だとさえ危惧する者です。
私はあなたの選挙戦手法や政治姿勢には嫌悪感さえ覚えます。しかし、ここではその立場を忘れて、予備選2回戦で大勝したあなたの勢いが「今後も続く」場合を想定して、分析・提案をさせていただくことにしました。
あなたが闘いに勝利するためのキーワードは“ぶれない”です。人が何かを成し遂げようとする場合には決して“ぶれない”ことが重要です。何事につけ“ぶれる”人間は信用されません。
私はあなたが今後、予備選挙から本選挙に至る期間と、当選後に大統領職を遂行・展開する過程で、常に変わらずに今の主張や哲学や姿勢を維持し続けることを提案します。それがあなたが選挙に勝つ秘訣であり、合衆国大統領として米国を統治する基本にもなります。
人気の秘密
あなたは共和党の主流派にタテ突く形で選挙戦を戦って高い人気を得ています。そこでもっとも注目を集めているのが、人々の差別と不寛容と憎悪を煽る手法で す。たとえばあなたはメキシコ人は麻薬と犯罪にまみれたレイプ犯だと決め付け、メキシコからの移民を防ぐために国境に万里の長城並みの壁を築くと吼えまし た。
また貿易や厳しい金融政策によって生意気な中国を懲らしめ、不公平な同盟関係にあるずるがしこい日本を斥け、次には核の脅威を撒き散らす北朝鮮を叩き潰 す、とします。またイランとの核合意も取り消して核開発を放棄するように追い詰める。そして極め付きは、「イスラム教徒のアメリカへの入国を禁止する」と いう爆弾発言でした。
その言葉はイスラム過激派によるテロが頻発している中で飛び出したものです。アメリカは2001年の同時多発テロ以来イスラムフォビア (嫌悪)を国内に醸成し続け、テロへの恐怖にも苛まれています。それに加えてフランスでの同時多発テロに代表される欧州の危機的状況も強く意識されてきま し た。
そこに過激派組織ISに関わると見られる銃撃事件がカリフォルニア州サン・バーナディーノで起こりました。 従ってあなたの発言は、ムスリム夫婦によって
14人が銃撃殺害されたそのテロに強い衝撃を受けた人々の、恐怖と怒りと悲嘆を受け留めての大げさなリアク ションであって、深刻な意味合いのものではないという見方もあるかも知れません。
徹底した人種差別主義
しかし、その劇的な発言は、あなたの一貫した人種差別と偏見と不寛容の発露であると私の目には映ります。あなたは日本人と中国人と朝鮮人に焦点を当ててて 黄色人種を否定し、メキシコ人を目の敵にすることでヒスパニックの人々を侮辱しています。そして極め付きがムスリム排撃発言です。あなたはそこでイラン人 も含めた全てのイスラム教徒を貶めました。
そればかりではありません。あなたはオバマ大統領の出自を執拗に問題にしていますが、そこには人種差別意識が働いていることは誰の目にも明らかです。オバ マ大統領は「共和党内のある種の人々にとっては、私が黒人であることへの抵抗感があり、そこから私への激しい批判が生まれてくる」という趣旨のことを言っ ています。このある種の人々の代表があなたであることは公然の秘密です。
あなたはわれわれ日本人を含む有色人種とヒスパニックの人々を本気で蔑んでいるようです。それはあなたが、ロシアを賞賛している事実でも裏付けられるよう に見えます。あなたはアメリカが厳しく非難・対立するロシアを是認し、独裁者のプーチン大統領とも仲良くしたい、と明言しています。不思議な心理です。で も プーチンさんが白人でありロシアは白人国家である、と言う点に注目すれば全てが腑に落ちます。
新アーリア人種優越論?
あなたは欧米とロシアのみを評価する、世界秩序の構築を目指しているのではないでしょうか。それはいつかドイツの独裁者が唱えた、アーリア人優越民族論にならった考え方にも見えます。さしずめ新アーリア人種国家構想とでもいうところでしょうか。
私は黄色人種ですので、その考えには違和感を覚えますが、この論説はあなたが大統領選挙を勝ち進み、ついには第45代アメリカ合衆国大統領に就任して、米国を統治する方法について考察し提案するものですから、私の気持ちは無視して進めます。
あなたの主張は一部の共和党支持者の間で熱狂的に支持されています。つまりあなたと同じ新アーリア人種構想に賛同する人々が多くいる、ということですね。あなたは今後もその主張を続けて支持者拡大を謀るべきです。
冒頭に申し上げましたように、勝利のキーワードは“ぶれない”ことです。あなたの主張に反発する人々もいます。が、あなたは彼らに迎合して主張を軌道修正 してはなりません。さらに過激に雄雄しく、騒がしく、暴言・放言を繰り返すべきです。それがあなたと同種の人々をさらにトランプ側に引き付けるコツです。
正論?目くらまし?
あなたは自らの本性とは相容れないように見える主義主張も披露しています。たとえばあなたはアメリカの中東政策を批判して、テロや内戦がはびこるイラクやリビアやシリアなどの悲惨な現状は、オバマ大統領とヒラリー・クリントン氏がもたらした、と声高に言い募っています。
つまり、フセインやカダフィやムバラクなどの独裁者が支配していた頃の中東の国々には、テロリストはいなかった。独裁者がテロリストを皆殺しにしていたか らだ、と。そうした主張には一理あります。オバマ政権以前のブッシュ共和党政権の瑕疵に言及しないのは少々不公平に見えますが。
あなたはまたこういう主張もしています。大統領になった暁には格差是正や社会福祉の拡大充実を押し進める。その財源としては富裕層や大企業などへの課税を大きくして国際金融資本やウォール街にも規制のメスを入れ、累進課税を強める。その増収分を社会福祉に充てる。
修正は“ぶれ”を意味するから決してやってはならない
それとは逆に、貧しい人々や中小企業などには減税をして経済の活性化を図るなど、など。その実現の可能性云々は別にして、まるでライバルの民主党の、しかも同党左派の考 え方にさえ通じる政策も掲げています。それらが特に、白人の労働者階級の人々に熱狂的に支持されているのはよく知られた事実です。
しかし、そういったヤワでリベラルな物言いや要求はあなたには似合わない。あなたは左派に迎合してはいけない。彼らを大声で言い負かし、罵倒して黙らせ、必要ならば誹謗中傷によってあなたの陣営に引っ張り込むべきです。今のあなたの勢いならきっとそれが可能です。
あなたは共和党主流派の古臭い考えを打ち砕くと同時に、あらゆる開明主義を撃破するべきです。金持ちへの増税策や貧乏人への減税なんてリベラルが考えそうなことは口にしない方がいい。なぜならそうした主張は、人々があなたを“ぶれている”と誤解する材料になりかねないからです。
安全保障
さて、そうやってぶれずにマッチョに勝ち進んであなたは晴れて第45代アメリカ大統領に就任します。就任と同時にあなたには急いでやるべき大仕事があります。それは安全保障に関する懸案を払拭することです。
あなたは「ムスリムを入国禁止にするべき」という大ヒット発言によって、アメリカ・ネトウヨや保守強硬主義者の皆さんの熱狂的な支持を集め、それが原動力 となってニューハンプシャー予備選を制しました。しかしあなたのその主張を、あなたの党員仲間でライバル候補のジェブ・ブッシュ氏は「狂気」と言うに等しい言葉まで使って強く批判しまし た。
それに対してあなたは「私は宗教ではなく安全保障の話をしているのだ」と言い返しました。あなたの論理では、「イスラム教徒は全てテロリストだからアメリ カ に入国させない。それが安全保障だ」というものです。あなたの立ち位置から見た場合、その主張は間違っていません。間違いどころか正論です。
しかしながら、彼らの入国を禁止するだけではあなたの安全保障政策は完成しません。あなたはそこからさらに十歩も二十歩も進んで、アメリカ国内のムスリム、つまりイスラム教徒の米国人も排斥しなければならないのです。
安全保障を完璧にするべき
なぜなら、彼らはあなたへの反発と憎しみを蓄え募らせてていくのが目に見えています。特に若者の中にはあなたに反撃をする者が現れるに違いない。いわゆるホームグロウン(国内出身)テロリストの誕生ですね。それが安全保障への最大の脅威です。
あなたはそれを取り除かなければならない。そうですね、米国人イスラム教徒を弾圧し、できれば全員抹殺してしまう方がいいでしょう。あなたは過激派組織 IS(イスラム国)への対応として、組織の戦闘員を徹底的に殲滅するばかりではなく、その家族も葬り去るべきとも断言しています。
家族まで殺戮の対象にするとは驚きですが、さすがはトランプさん。あなたはそこでも全く“ぶれて”いません。ムスリムは皆殺しにしろ、と暗に示唆するような勝利の方程式をしっかりと維持しています。そんなあなたにとっては、イスラム教徒の同胞を抹殺することなどきっと朝飯前でしょう。
あなたはそうやって米国内のムスリムを一掃して安全保障を揺るぎないものにし、ついでに黄色人種や黒人や同性愛者などの全てのマイノリティーも排斥して、 歴史に燦然と輝く偉業「我が闘争」を完成させることになるでしょう。その次には再び歴史にならって、あなたの仕事を本にします。タイトル は、そうですね、『新・我が闘争』あたりで決まりでしょうか。
敬具