米大統領予備選でスーパーチューズデーを制した後もドナルド・トランプ氏の躍進が続いている。トランプさんが共和党候補としてまた将来の合衆国大統領の可能性としても、真剣に相対しなければならない男であることはもはや否定できない。

僕はこれまで彼を「有力泡沫候補」と呼び、トランプ氏は「大統領に“なれない」と言ってきたが、ここからはトランプさんを「大統領に“してはならない”」と主張しようと思う。

トランプさんは大統領になれない、というのは米国の良心と知性を信じる僕の確信である。同時に僕は彼には合衆国大統領になってほしくないという願望も持っている。なぜ執拗にトランプ氏に反対するのか。僕は再び、再三、そして必要なら今後も際限なく語り主張していこうと思う。

トランプ氏が人種差別と不寛容と憎しみを煽る主義主張を修正することなく、このまま共和党の候補者指名を受けたとしよう。それは既に事件である。大げさに聞こえるかもしれないが、彼の政治的スタンスはヒトラーのそれをも髣髴とさせるトンデモ・コンセプトだからだ。

これを言うと、法に即して選挙運動をしている候補者をヒトラー呼ばわりにするな、という意見が必ず出る。そういう意見にはこう返したい。ヒトラーもきちんと法に則って、且つ民主主義の手続きを踏んで“ヒトラー”つまり誰もが知る独裁者になったのだ、と。

トランプ氏はヒトラー同様に民主主義の手続きを踏みつつ合法的に選挙戦を戦っている。そしてそのままの形で共和党の候補になり、ひいては第45代アメリカ合衆国大統領に就任するかも知れない。ヒトラーにも似た主義主張と政策(案)を掲げたままで・・というところが論点だ。

それはドイツ国民がヒトラーを選んだことよりも深刻な事態だ。なぜならヒトラーを選んだ人々は“ヒトラー”を知らなかった。つまりヒトラー以前にも世界には多くの独裁者が存在したが、民主主義の手続きを踏んでその地位に就いた者はいなかった。民衆は望んで、民主主義によって“ヒトラー”を誕生させたのだ。

その苦い体験と歴史をアメリカ国民は知っている。それでもなお且つヒトラー的にも見える人物を彼らの指導者にしようとしている。歴史が歯止めになっていない。だからトランプ大統領の誕生はヒトラーの誕生よりも深刻である可能性が高い。

そのトランプ氏がアメリカ大統領になることだけでも由々しき事態だが、彼の勝利はさらなる負の波紋を世界に広げることが確実だ。波紋は真っ先にここ欧州の極右勢力に到達するだろう。

中でもフランスの国民戦線が勢いづきそうだ。仏国民戦線は元々人種差別と不寛容と憎悪を旗印に政治主張を続けてきた。そこにイスラム過激派によるテロが相次いだ。最大のものは2015年11月のパリ同時多発テロである。フランス国内にはイスラム過激派への怒りが一気に広がった。

それは理解できないことではない。が、不幸なことに、テロリストと無辜のイスラム教徒を同じものとみなすイスラムフォビア(嫌悪)も台頭した。物議を巻き起こしたトランプ氏最大の問題発言「イスラム教徒をアメリカから締め出せ」も元はといえば、フランスの同時多発テロに触発されている。

ルペン国民戦線はフランス国内の混乱とヘイト感情に乗じて、直接間接にイスラム系移民ひいては全ての外国人排斥気分を煽り、欧州議会選挙などで躍進、勢力拡大が著しい。党首のマリー・ルペン氏は、2017年の仏大統領選挙では有力な候補になることが確実視されている。

国民戦線のルペン党首とトランプ氏の政治的スタンスは一卵性双生児のように似通っている。トランプ氏が世界最大最強の権力者である合衆国大統領になれば、ルペン氏にとってこれ以上の追い風はない。またたく間に欧州にも「トランプ主義」が浸透してしまうだろう。

フランス国民戦線の躍進は、ナイジェル・ファラージ氏が率いる英国の兄弟政党(同じ穴のミジナという意味でこう表現する)イギリス独立党(UKIP)、イタリア北部同盟、オーストリア自由党、ギリシャ黄金の夜明け等々の極右勢力も調子づかせるだろう。

一様にEU懐疑論を唱える欧州のそれらの極右政党は、各国内の移民嫌悪感情を巧みに利用して勢力を広げつつあるが、これまでのところは互いに手をつなぎ合う兆候はなかった。しかし、トランプ大統領の誕生を機に急速に接近して欧州に一大極右勢力が生まれる可能性もある。

彼らはロシアとも接近するだろう。ロシアは欧州の統合・連携の象徴であるEU(欧州連合)への強い対抗心を持ち続けている。反欧州・EU懐疑論を掲げるそれらの極右政党は、EUを内部から崩壊させたいロシアにとっては格好の来客となるだろう。

極右欧州とロシアが手を取り合う言わば欧露同盟は、アメリカでさえ仲間に引き込む可能性がある。トランプ氏はプーチン・ロシア大統領との親和性を公言してはばからない。だがそれだけで米露が手を取り合うとは考えにくい。

では欧州の極右とロシアとトランプ米政権が手を結ぶ理由はなんだろうか?それはおそらく「白人同盟」とでも置き換えたときに明らかになる。白人優越主義を自らの中に密かに増幅させているそれらの勢力は将来、手に手を取って世界を白人の支配下に置こうと考えないとは誰にも言えない。

そうした見解は、例えば世界全体がイスラム過激派ISの支配下に入って、自由と正義を奪われた人類が絶望の中で生きている状態、を想像するくらいに大げさで荒唐無稽なシナリオに見えるかも知れない。

だが、“トランプ大統領”誕生の可能性を考えるのも、ついこの間までは荒唐無稽なシナリオだったのだ。また再び歴史に目を移せば、人々はかつてヒトラーが“ヒトラー”に変身することを全く予測できなかった。

しかしトランプ大統領さえ出現しなければ、「あるいは」というその恐怖のシナリオ自体がそもそも存在し得ない。その意味でも“トランプ大統領”という悪夢は避けておいたほうが良い。何が起こるのかは誰にも分からないのだから。