オーストリアがブレンナー峠でのバリケード構築案を引っ込めた。

オーストリア政府によると、地中海からイタリアに流入する「違法難民」がほぼゼロなので、バリケードを作る必要がなくなった、ということである。

しかしながら、地中海経由の難民は相変わらずイタリアに流入している。今年に入ってイタリアには既に28500人が上陸した。

危機感を強く抱くイタリア政府は管理を強化して、難民の申請・登録を徹底させ始めた。オーストリアの言う『違法』難民はこれまでのところゼロになった、とはそういう意味である。

オーストリアの決定の前日、EU(欧州連合)はメンバー5カ国の国境閉鎖期間を半年間延長する決定を下した。

5カ国とはドイツ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー《メンバーではないがシェンゲン協定署名国》である。

EUの執行機関である欧州委員会は、ブレンナー峠にバリケードを構築しようとするオーストリアを強く非難していた。

オーストリアは欧州委員会の勧告を受けた形だが、南欧との連絡口を閉ざすことの不利益を考慮したのだろう。

経済規模が小さく同国への影響が少ないハンガリーやスロベニア国境を閉ざすのとは違って、欧州大陸で3番目の経済力を持つイタリアとの関係は重要だ。

オーストリアと緊密に連絡を取り合っているであろうドイツもおそらくそのことを認識して、オーストリアに圧力をかけてバリケード案の撤回を促したものと考えられる。

ここでも再びメルケル独首相の変わり身の術が十全に発揮されたようだ。

オーストリアVSイタリアのいがみ合いはいったん回避された。しかし、これから夏に向けて難民の数が増大し、イタリアの管理がずさんになった場合は問題がぶり返されるだろう。

夏の凪の海には程遠い4月中でさえ、イタリア沿岸には8370人の難民が押し寄せた。その数は2015年6月以来、はじめてギリシャを抜いて最大になった。

イタリア政府は難民管理を強化はしたが、流入そのものを阻止する策は今のところ皆無と言ってもいい。オーストリアの不安はイタリアの不安でもあるのだ。

たとえ2国間の緊張がぶり返さなくても、ドイツほか4カ国の「難民擁護」国が、シェンゲン協定を無効にする形での国境管理を続けていることに変わりはない。

シェンゲン協定の崩壊は事実上のEUの崩壊である。国境管理を無くして域内を人と物が自由に往来できる、としたEUの高い理念に挑む難民危機は、まだ全く終わりが見えない。