米大統領選のトランプ共和党候補が「俺は有名人で金持ちだからいつでも勝手に女のPussyをまさぐり、もてあそぶことができる。女なんてチョロいもんだ」という趣旨の発言をしたことに始まる猥褻醜聞騒動は、最終回の候補者討論会を2日後に控えた今の段階でもとどまるところを知らない勢いで広がっている。

トランプ氏の問題発言は、クリントン氏との第2回の候補者討論会でも取り上げられ、悪行の真偽や真意や策謀の有無等々について厳しく追及された。その後も火種は消えるどころか燃え盛って、ついにトランプ氏から性的虐待を受けたとする女性2人が現れ、実名で彼を告発するに至った。

それをきっかけに、トランプ氏に同様の性的虐待をされた、と主張する女性が次々に名乗り出て、その数は10人近くに上りさらに増えそうである。追い討ちをかけるようにトランプ氏の別れた妻イヴァナさんが、婚姻中に無理やり性交渉を強いられた、つまりレイプされたとする過去の事案まで蒸し返されて、トランプ氏の危機は深まるばかりだ。

離婚に際して明らかになった元妻のケースはさておき、トランプ氏を告発する女性たちの主張がもしも事実だとするならば、彼はもはや狂人にも近い人格とさえ言えるのではないか。狂人ではないとすれば、性依存症やそれに類した障害の持ち主である可能性が高いようにも見える。

そのうちのどれかが当てはまるなら、いずれにしてもそれは病気であるから、彼は大統領選などを戦っている場合ではない。即刻候補を辞退して治療に専念するべきだ。そうなればトランプ氏はれっきとした病人。あまり責められるべきではない。が、依然として選挙運動に固執するなら、彼はこのまま糾弾され続けるだろう。

トランプ氏は女性たちの告発を事実無根だと反論している。しかし、かつて彼は、自身の悪行への告発に対して実際に反撃したことはほとんどなく、その事実が彼への不信感の増大につながった。今回も敢えて告訴するなどの行動に出るとは考えられず、彼への疑惑がますます深まる一因になっている。

そうした風潮の中で、共和党内でもっとも影響力が強く、2020年の共和党大統領候補としても有力視されているポール・ライアン下院議長が、トランプ候補を見捨てると公言し、それを受けていわゆる共和党主流派の人々のトランプ非難声明も相次いだ。

それらはいかにも遅きに失した、というのが正直な感想である。遅いばかりではなく、ライアン議長の心変わりは、これ以上トランプ氏を支持して選挙戦を戦えば、彼の不人気ぶりに押される形で共和党が次の議会選挙で民主党に大敗を喫しかねない。だからトランプ候補を切り捨てる、というものである。

つまりライアン氏は、トランプ発言の背後にある女性蔑視とそれにつながるあらゆる差別意識、偏見、抑圧、排外主義、暴力志向などの「トランプ氏の本質」を糾弾して彼を見捨てるのではなく、共和党を議会選挙で勝利に導く、という実利目的のみで行動を起こしているのだ。

ライアン議長の動きは、極めて遺憾なものだ。その態度はトランプ氏という排外主義者、つまりメキシコ人やイスラム教徒や難民や移民、そして日本人を含む有色人種への差別と攻撃で頭がいっぱいのモンスターを、共和党候補として公認した同党の腐敗と堕落を端的に表しているように見える。

ライアン氏の行動の直接の引き金になったのは、暴露されたトランプ氏のPussy発言が卑猥過ぎて耐えられない、ということだった。ところで、卑猥とはいったい何だろうか?それは主観的なもので規定には幅があるが、基本は「見る者に羞恥心を覚えさせる事案」のことだ。つまり恥である。トランプ氏の言動は見ていて恥ずかしい。だがライアン議長のそれもトランプ氏に負けず劣らず恥ずかしい。

ライアン議長と取り巻きの人々が、共和党のそしてアメリカの良心を代弁する者だと自負するのなら、彼らはたとえばトランプ氏がイスラム教徒をアメリカから追い出すと言った時、あるいはメキシコ人は皆麻薬中毒で強姦魔だと侮辱した時などに、トランプ氏を支持しない、あるいは見捨てる、あるいは手を切るなどとはっきりと言うべきだった。

それらに加えてトランプ氏が、連邦判事のゴンザロ・クリエル氏はヒスパニックだから偏向していると主張したり、白人至上主義者の恐怖集団KKK(クー・クラックス・クラン)の幹部の支持を否定しないと表明したことなども、一つひとつがそれだけで大統領失格と烙印を押されるほどの醜聞だった。が、彼らはそれらの言動も見て見ぬ振りをした。その罪は重い。

民主党候補のヒラリー・クリントン氏にも問題がないわけじゃない。しかし、事ここに至っては、たとえ消去法に基づく判断ではあっても、クリントン候補の方がはるかに米大統領にふさわしいと言うべきではないか。「人間トランプ」が、米大統領には適さない人格下劣な存在だからではない。

トランプ氏は人種差別主義者、デマゴーグ、女性蔑視主義者、排外白人至上主義者などに分類されるべき危険な存在だから断固として排除されなければならないのである。彼は世界最大最強の民主主義国家のトップには相応しくない思想信条の持ち主なのだ。

しかしながら依然として、共和党支持者の多くがそんな風には考えていないようだ。トランプ支持率は第2回討論会を経て下がったとされるが、下げ率は思ったよりも大きくはない。それはコアなトランプ支持者にとってはたいした問題ではなかった、ということである。

それでもトランプ氏に性的虐待をされたと告発する女性が何人も出てきたことで、これまで態度を決めかねていた無党派層の中に反トランプの気運が高まり出したと見られている。それが事実ならば、トランプ氏を大統領に選んではならない、という従来の自分の主張も実を結びそうで喜ばしい。

しかしたとえそうなったとしても、共和党の約半分の支持者と主流派の幹部らが、ここまでトランプ氏を増長させた責任が消えて無くなるわけではない。トランプ氏が演出した、また今も演出している米国の分断は、世界の分断と言っても過言ではないほどの重大事件だからだ。

ライアン氏を中心とする共和党の幹部が、米国民と国際世論の信頼を取り戻したいと思うなら、彼らはトランプ氏を擁護しないと語るだけの消極的な行動ではなく、トランプ氏の当選を阻む為の積極的な動きに出るべきだ。最善の策は彼を共和党候補の地位から引きずり下ろすことだが、それが可能かどうかは分からない。