2016年7月1日、長い間イタリア中のゴシップの種であり続けた「13歳少女ヤラ殺害事件」の犯人に終身刑が下された。

10月20日にこのブログの閲覧者が突然増えたのは、民放がバラエティ番組で同事件を取り上げたのが原因らしい。複数の読者の方から指摘があった。

つまりシリアの独裁者の妻、アスマ・アサド夫人の時と同じ。NHKが彼女に言及したおかげでこのブログへの訪問者がどっと増えたが、今回またもやテレビがその影響力の大きさを見せつけた形になった。

事件のあらましを時系列で述べると次のようになる。

1.2010年11月26日、ミラノにほど近い北イタリアベルガモ県内の「ベルガモ島(二つの川に挟まれた三角地帯の呼称で、島ではない)」で、当時13歳だったヤラ・ガンビラジオ(Yara Gambirasio)さんが姿を消した。少女は新体操が好きで、その日も体操のジムに向かうところだった。

2.失踪からちょうど3ヶ月後の2011年2月26日、少女は近くの野原で死体で発見される。彼女の全身には致命傷には至らなかった幾つかの刺し傷があり、頭にも鈍器で殴られた跡があった。犯人は少女をレイプしようとして抵抗され暴力を行使したらしい。被害者は生きたままそこに放置され、寒さと出血多量で死亡したと推定された。

3.2011年6月、少女の下着とレギンスに付着していた血痕から白人男性のDNAが確認され、DNAの主は「不明男№1(IGNOTO1)」と名づけられた。そこからDNAを元に「不明男№1」探しが始まった。

地元に住む男性のDNAがシラミつぶしに調べられた。テストを受けた人数は最終的にはほぼ2万2千人にものぼる大がかかりなものになった。確認作業は犯人が外部在住の男だったり、検査を避けて逃亡したかもしれない可能性、などをマスコミに追求されながらの苦しい捜査になった。

4.2011年10月21日、問題のDNAに良く似た構造のDNAが見つかった。ダミアーノ・グエリノーニという青年のものだった。ダミアーノの血族のDNA鑑定が開始された。結果、ダミアーノの従兄弟3人が特に良く似たDNAを持つことが判明した。だが彼らは「不明男№1」ではない。

5.そこで1999年に亡くなった従兄弟の父親、ジュセッペ・グエリノーニのDNAが調べられた。DNA鑑定では、個人や親子などの識別や血縁鑑定が可能だからだ。最初は父親の運転免許証に張られた収入印紙の唾のDNAをチェック。さらに明確にするために父親の墓が開けられて遺骨からもDNAが鑑定された。

こうして父親ジュセッペ・グエリノーニは、「不明男№1」の父親でもあることが判明。その検査ではさらに「不明男№1」は45歳前後というところまで分かった。ところが、ジュゼッペ・グエリノーニの実子3名のDNAは、前述したように「不明男№1」のDNAとは合致しなかった。

ジュゼッペ・グエリノーニが犯人「不明男№1」の父親であることは間違いない。それなのになぜDNAは合致しないのか?謎が深まる中、やがて浮上したのが、ジュゼッペ・グエリノーニには妻以外の女性との間にできた隠し子がいるのではないのか、という推測だった。

6.警察はその推測に基づいてさらに捜査を進めることを決定。10年前に死んだ父親の、存在するかどうかもわからない浮気の相手。さらに2人の間に生まれたと想像される子供。その時点ではほとんど夢想にも近いドラマの中の2人の登場人物を、現実世界で本当に探り当てることができるのか。

捜査班は大きな疑問を抱えながら、ジュゼッペ・グエリノーニが生前関係を持ったと考えられる愛人を探し出すという、途方もなく困難に見える作業に取りかかった。そうやってグエリノーニと少なくとも一度は接触があった、と考えられる
500人余りの女性のDNA鑑定が実施されると同時に、地道な聞き込み捜査も進められた。

7.2014年6月、聞き込みをしていたある捜査員の耳に重大な情報がもたらされた。バスの運転手だったグエリノーニの元同僚の男が「グエリノーニはその当時エステル・アルヅィッフィを妊娠させてしまった」と自分に打ち明けた、と話したのだ。ここから事態が急展開した。エステル・アルヅィッフィは実在の人物だったのだ。

彼女は既婚。夫との間に男女1組の双子ともう1人の子供がいる。可能性は彼女がグエリノーニと不倫をして子供が生まれたことだ。さらに調べを進めていくと、彼女と夫は結婚当時グエリノーニと同じ棟のアパートに住んでいたことが分かった。

8.警察は密かに「不明男№1」の年齢と似通うエステルの双子(43歳)の子供のうちの男性を監視し始めた。そして2014年6月16日、飲酒運転検査と見せかけて彼を路上で引きとめ、呼吸検査。それで得た唾液を調べた結果「不明男№1」のDNAと完全に合致した。

そこで逮捕された男の名はマッシモ・ジュゼッペ・ボセッティ(Massimo Giuseppe Bossetti)。母親のエステル・アルヅィッフィとジュゼッペ・グエリノーニが不倫をした末に生まれた子供だった。

マッシモ・ジュゼッペ・ボセッティは起訴され、ほぼ2年間の裁判審理を経て、冒頭で述べたように、今年7月1日、終身刑を言い渡された。