ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長
EU(欧州連合)のユンケル欧州委員会委員長が、ルクセンブルクの大学での講演で、米大統領選で勝ったドナルド・トランプ氏に欧州とは何であるのか。どのように機能しているかなどの基本的なことを教えなければならない。彼は欧州と米国の関係を破壊する可能性を秘めている、などと発言して注目されている。
欧州委員会は欧州理事会や欧州議会と並ぶEUの主要組織。EUの政策執行機関であり、いわば政府。従って委員長はEUの首相に当たる。はじめから強い権限を有するが、元ルクセンブルク首相のユンケル氏は、2014年に委員長に就任して以来強いリーダーシップを発揮してEUを引っ張り、今では彼がEU最強の政治家、という見方もある。
ユンケル委員長は続いて、トランプ氏は世界の実態を知らなすぎる。われわれは彼が世界を旅してその実態を把握するまでに、2年間はムダに浪費することになるだろう、とトランプ氏の無知を公然と批判した。
さらに同委員長は、トランプ氏がEU本部と北大西洋条約機構(NATO)本部のあるベルギーを一つの都市と思い込んでいた事実を取り上げて、彼は欧州に関心を抱いていないからそんな(子供じみた)誤解を抱く、と再びトランプ氏の無知に不満を示した。
ユンケル委員長の主張は、トランプ氏が選挙戦中に過激な表現で欧州と米国の共通の価値観を愚弄し続けたにもかかわらず、彼の当選を機にうやむやにして、当たり障りのない意見を開陳している、欧州の多くのリーダーたちとは一線を画した厳しいものになった。
ドイツのメルケル首相もユンケル委員長に近い反応をした。彼女はトランプ氏への当選祝辞を述べながら、彼が欧州との共通の価値観、つまり全ての人々の権利の尊重と自由と民主主義を重んじてほしい、とやんわりと釘を刺した。メルケル首相の言う全ての人々とは、トランプ氏が性別や宗教や肌の色や出身地や性的嗜好などを理由に差別的言語を投げつける人々を含む、文字通り全人類のことにほかならない。
またフランスのオランド大統領は、トランプ氏の登場で世界は不確実な時代に入った。トランプ氏は欧州とアメリカが共有してきた価値観や倫理観や哲学と相容れないものも持っている、とやはり米次期大統領を遠回しに批判した。独仏のトップはこのあたりが、批判精神のかけらもなくトランプ氏に会いにニューヨークに飛んだ安倍晋三首相とは、指導者としての品格と心構えが全く違う。
ユンケル委員長は、より穏便な言い回しでトランプ氏を諌めたオランド大統領やメルケル首相とは違って、強い直截な言い回しでトランプ氏を糾弾した。彼が言明しているのは結局、欧州は差別や憎しみや不寛容をあおるトランプ氏の立場を拒否する、ということだ。
EUの盟主、ドイツとフランスの首脳に並ぶ、欧州連合の権力者ユンケル欧州委員長が、トランプ米次期大統領に歯に衣着せぬ言葉で注文をつけたのは、欧州からの『トランプ大統領の米国』へのいわば挑戦状、と見ることもできる。
ユンケル委員長の苛立ちを後押しするように、米国内のトランプ氏への抗議デモは収まる気配がない。収まるどころかそれは、地球温暖化対策を話し合う国連会議COP22 が開かれているモロッコなどにも飛び火した。
トランプ氏をこのまま米国大統領として受け入れない、という人々の抗議はまだまだ続きそうな雲行きだ。トランプ氏と米共和党の指導者たちは、その事実を真正面から受け止めてなぜそうなったのかを真剣に問い、米国の分断と世界の分断がこれ以上深化しないように対策を講じるべきだ。