イタリアの政局は、12月4日に行われる憲法改正の是非を問う国民投票を巡って、いつもよりも熱く紛糾している。上院と下院が同じ権力を持つことで生まれる政治停滞を是正して、より安定した政権を作ることで国政をうまく機能させようというのが、国民投票にかけられる憲法改正案の主旨である。
具体的に言えば、上院の権限を大幅に制限して、日本ならば衆議院に当たる下院に権能を集中させようというものだ。上院自体がこの議案に賛成した昨年10月頃は、憲法改正はほぼ成ったも同然の雰囲気があった。
しかし、国民投票へ向けての民意を主導したレンツィ首相は、世論が自らの追い風になっている状況を見て少々思い上がってしまい、2016年12月4日に行われる国民投票が否決された場合は首相を辞任する、と口走ってしまった。そう脅迫することで国民投票の行方をさらに確実にできると考えたのである。
彼に反対する勢力は首相のその宣言に一斉に噛みついた。中でも強烈な「反レンツィ=国民投票NO」キャンペーンを展開したのが、首相の属する民主党と支持率が拮抗している五つ星運動である。2009年の結党以来、一貫して反体制ポピュリズムを掲げる同運動は、国内外のあらゆる既存勢力に反旗を翻して特に若者を中心に人気を博している。
五つ星運動にも勝る勢いで国民投票NOと叫んだのが極右の北部同盟である。そこにベルルスコーニ元首相のFI(フォルツァイタリア)党も参戦した。同党は弱小政党の北部同盟よりも影響力が大きい。支持率が拮抗する民主党と五つ星運動に続くイタリア第3の政治勢力だ。ベルルスコーニ派が国民投票NOに回ったことで、政局はいよいよ錯綜した。
レンツィ首相が「国民投票で私を取るか、それとも私を失うか」という趣旨の問いかけをしたのは、英国のキャメロン前首相が、自らの政治基盤を過信してEU離脱の是非を問う国民投票を実施する、と宣言した事例と瓜二つの大失策だ。
英キャメロン首相は国民投票で敗北し退陣した。レンツィ首相も同じ轍を踏む危険が高い。彼の批判勢力が「上院改革にイエスかノーか」という国民投票の本来の争点を骨抜きにして、「レンツィ政権にイエスかノーかの信任を問うのが国民投票」という議論に民意を誘導し、大成功しているからだ。
五つ星運動は、憲法改正の国民投票をNOに集約することでレンツィ政権を倒し、次の総選挙で政権奪取を目指す考えだ。それは夢物語ではない。同党の支持率はレンツィ首相の民主党と同じか、わずかに上回っているとさえ見られているのだ。しかし、彼らの狙いはもっとほかにある。それがBrexitに掛けたItalexit、つまりイタリアのEU離脱である。
五つ星運動は結党から一貫して反EUを標榜してきた。だが同党は時として本心を隠してカメレオン的な動きをするのが得意だ。たとえばローマ市長選挙では、反EUの看板を下ろしてローマ市政の腐敗を争点に絞って戦い、見事に勝利して史上初の女性ローマ市長を誕生させた。
今回の国民投票反対キャンペーンでも、反EUの旗印を完全に降ろしてはいないが、争点をレンツィ首相信任か否かに持ち込んで集中して議論を進め、大いに成功しているように見える。だが彼らの真の目標は、前述したように、将来イタリアをEUから離脱させることだ。
EU懐疑論と反レンツィでは、極右の北部同盟も左派ポピュリストの五つ星運動と相通じている。今のところ2者が手を組む予兆はないが先のことは誰にも分からない。またベルルスコーニ派はかつて北部同盟と連立政権を組んだこともある。現在はより極右側にシフトした同党とは距離を置いているとはいうものの、反レンツィ=反上院改革、つまり国民投票NOでは意見が合う。
ベルルスコーニ派は国民投票NOキャンペーンに力を入れ、それはつまり反レンツィの主張であり五つ星運動とも通底しているのだが、彼らは五つ星運動に親和的とは言い難い。それどころか五つ星運動が将来政権を取るような事態は、かつての共産党が政権を奪取するのと同じくらいの由々しき状況だと思っている。そこで国民投票NOが大きな意味を持つ。
つまりベルルスコーニ派は、国民投票を否決に持ち込んでレンツィ政権を倒し、同時に上院を現状のまま温存する。そうすることで、将来五つ星運動が政権を握るという彼らにとっての悪夢が現実のものとなったとき、下院と全く同じ力を持つ上院が五つ星運動の暴走を阻止する、という構図である。つまり、イタリアの政治は現在のまま何も変わってはならない、という選択。国民投票NOキャンペーンは彼らにとって、レンツィ首相の退陣と五つ星運動のいわば”封じ込め“をもたらす一石二鳥の良策なのである。。
魑魅魍魎も真っ青なイタリアの「いつもの」政治のカオスだが、さらにもうひとつのどんでん返しがある。実は国民投票が否決された場合の方が五つ星運動の政権奪取の可能性が高くなるばかりではなく、同党の政権運営もスムースに運ぶ公算が高い、という見方もあるのだ。それを受けて、反レンツィ勢力の中にも、いや、やはり国民投票をYesに持ち込んで憲法を改正するべき、と主張する者も出て、ますます紛糾しているのが今日のイタリアの政局である。
僕はレンツィ首相の支持者ではないが、上院を改革していびつなイタリアの政治のあり方を是正するべき、と考えているので国民投票に関しては彼を支持する。上院の権限と議員数を大幅に削減するのが目的の上院改革案は、当の上院議員を除く全てのイタリア国民の悲願とされてきた事案だ。反体制を信条とする五つ星運動は言うまでもなく、ベルルスコーニ元首相率いるFIも北部同盟も元々はその悲願を共有している。
彼らがイタリア共和国の行く末を本気で憂うなら、ここは先ず国民投票をYes に誘導して、その後に政権獲得を目指してお互いに競い合うべきだ。その言い分が政治の汚濁と過酷の中に住まない僕の理想論であることを重々承知しつつも、イタリアを愛しイタリアに住む一日本人移民として、僕はやはり心からそう願わずにはいられないのである。