
あっ気にとられた、というのがうそ偽りのない僕の最初のリアクションだった。イタリアの国民投票の結果のことだ。
70%に迫る高い投票率も驚きだったが、憲法改正に反対の国民がほぼ60%にものぼり、賛成はわずか約40%。20ポイントもの差がついた。どう逆立ちしても否定しようがない「憲法改正NO」の大勝利だった。
大差の敗北をいち早く認めたレンツィ首相は辞任を表明し、悔しさの中にサバサバした思いもこもっているのが明らかな表情をしていた。
それもそのはずである。投票前の2週間は世論調査の数字の公表が禁止されていたため有権者の動向は分からなかったが、それまでは改正NOのリードと出ていて、しかしYESの追い上げもあるため、どちらが勝ってもその差はわずかだと見られていた。
ところがフタを開けてみると、YESを懸命に押したレンツィ首相の惨敗。たとえ負けても政権を担い続ける可能性もある、と見られていた彼の芽は完全に消えた。僅差の負けなら求心力の低下が限定的に留まったかもしれないが、大きく打ちのめされた男が首相であり続けることは不可能だ。
国民投票で問われた憲法改正案は、上院の権限と定数を大幅に削減して議決権を下院に集中させ、上院と下院が全く同じ力を持つことから来る弊害を解消しよう、というのが主な内容だった。
上院の改革は、上院議員以外の全てのイタリア国民の願い、とまで言われてきた懸案。今回の国民投票で憲法改正に反対した勢力を含む多くの人々が、もともとは改革案に賛成してきた。当事者の上院でさえ昨年10月に改革案を受け入れ、あとは国民投票による最終審査が残されるのみとなった。
そんな状況を見て、自らの力を過信したレンツィ首相は、大きな間違いを起こした。国民投票で賛成が得られない場合は退陣すると表明したのだ。それは「国民投票で私を取るか、それとも私を失うか」と問うにも等しい、尊大な物言いだと多くの人々は感じた。
彼の政敵はその不遜な表明をうまく捉えて、「国民投票は首相への信任投票」と位置づけて強力な反レンツィ運動を展開。そこから流れは大きく変わって、国民投票の真の意味が見えなくなるほどに「改正NO」の勢力が拡大し、ついに彼は退陣にまで追い込まれた。それは、英国のキャメロン前首相が、自らを過信してEU離脱の是非を問う国民投票を実施した先例と同じ大失策である。
2人はそれぞれの政治生命にかかわる失敗をやらかすと同時に、英国とイタリアという個性的で美しい国家を破壊しかねないほどの大罪も犯した。つまり英国はキャメロン前首相のしくじりによってEU離脱という迷い道に踏み込み、イタリア共和国もレンツィ首相の不手際のせいで、英国と同じ道をたどる可能性が出てきたのだ。
それというのも、イタリアの国民投票をNOに誘導したのが、脱ユーロそして将来はEU離脱も視野に入れる、ポピュリスト政党の五つ星運動と極右の北部同盟だからだ。五つ星運動は米トランプ主義を信奉し、北部同盟はトランプ主義を賞賛すると同時に、フランスの国民戦線などの欧州極右勢力と連携する道を模索している。
イタリア国民投票では、ベルルスコーニ元首相率いるFI(フォルツァ・イタリア党)も五つ星運動と北部同盟に同調した。FIは基本的に五つ星運動と相容れず、極右の北部同盟とも一定の距離を置いているが、事態の展開次第では、元首相の私意のままにユーロやEUからの離脱でさえ支持しかねない危うさを秘めている。
イタリア国民投票での「憲法改正NO」の勝利はある程度織り込み済みだったせいか、事前に懸念されていたEU経済ひいては世界経済へのインパクトは今のところは少ない。しかし、ユーロやEUそのものを揺るがす火種になる可能性が高いイタリア発の危機は、今まさに始まったばかりだ。
Brexitとトランプ勝利に続く「欧米第3のグローバル反体制運動」とも位置づけられるイタリアのポピュリズム運動のうねりは、来年春のフランス大統領選と、オランダまたドイツの総選挙などに連動して高まり、大津波となって欧州を呑み込み世界を席巻していくのかもしれない。