僕のブログの読者の方から「イタリアでテロが起きないのはマフィアがいるから、と聞きましたが本当でしょうか。できたらそのことについて書いてください」という連絡をいただいた。
僕はおどろき、苦笑しつつその情報の出所を探したがよく分からなかった。よく分からないが、イタリア=マフィアという、いつものステレオタイプに根ざしたヨタ話の類であろうことは想像ができる。
先ず一番考えやすいのは、テロ=犯罪(犯罪組織)=マフィアという図式から導き出す浮薄な論考である。犯罪組織であるマフィアは同じ犯罪組織であるテログループ、あるいはテロ犯がイタリアに侵入するのを嫌ってこれを殲滅する、という主張あたりだろうか。
イタリアには3大犯罪組織がある。マフィア(コーザノストラ)、カモラ、ンドランゲッタである。これにサクラ・コローナ・ウニタを加えて4大組織と考える場合もある。それらの犯罪集団は全て経済的に貧しいナポリ以南の各地を拠点にしている。ローマに根を張る別の組織もある。
彼らはそれぞれをの縄張りを互いに尊重し合い、縄張り外に進出する場合も基本的には衝突を避ける形でしのぎを削っている、とされる。だがその実態は正確には分からない。ライバル組織同士がぶつかる、といった事件がほとんど無い事実がその推測を呼ぶのである。
さて、マフィアがテロを防ぐ、という時のマフィアとは歴史や勢力図などから見て、シチリア島が拠点の「本家マフィア」のことだろう。それは最も勢力が大きく、アメリカのマフィアとも親戚筋にあたる。彼らは欧州にも世界各地にも根を張っている。そのマフィアがテロを阻止している、ということなのだろう。
だがそれはお門違いの論法だ。なぜならマフィアはむしろテロ組織との共謀を模索している、と見るほうが妥当だからだ。マフィアはテロが横行して国が混乱する方が嬉しいのだ。それだけ彼らの悪行が成就しやすくなり、彼らに対する官憲の追及もテロ対策に忙殺されて緩む。
事実、イタリア国家と治安機関がISを始めとするイスラム過激派組織の台頭に最も神経を尖らせるのは、彼らのイタリアへの直接攻撃はもちろんだが、テロ組織とマフィアなどの犯罪組織が手を結んで社会を混乱させ、利益を挙げようと画策することである。
マフィアがテロ組織と手を結びたくなるインセンティブは、イタリア国内での犯罪・利権漁りに留まらない。彼らはテロ組織と共謀して、主に北アフリカの国々に勢力を拡大したいと渇望している。そこにはリビアやチュニジアなどを筆頭に、歴史的にイタリアと関係が深いアラブ諸国が幾つも存在する。
それらの国々の多くは、イスラム過激派やテロ組織の巣窟でもある。彼らがマフィアの手助けをする見返りに、マフィアはテロ犯の動きをイタリア国内で助ける、という図式が警察当局の最も恐れるものなのだ。マフィアはテロを阻止するのではなく、むしろ鼓舞するのである。
イタリアの犯罪組織の中では、シチリアを拠点にするマフィアが圧倒的に強かったが、近年は半島南部のカラブリア州に興ったンドランゲッタが急速に勢いを増している。マフィアも押され気味だ。ンドランゲッタは北部イタリアのミラノなどでは、マフィアを凌ぐ勢力になったのではないか、とさえ見られている。
加えてイタリアがEU(欧州連合)の一員であるために、欧州全域からのマフィアへの風当たりが強くなって、そこでもマフィアは四苦八苦している。そんな折だから、マフィアはイスラム過激派と組んで、彼らの得意な麻薬密売や密貿易や恐喝、また無差別殺戮の爆弾テロなどを縦横に遂行したい気持ちが山々なのだ。
イタリアの官憲は「イタリアらしく」のんびりしていて厳密さに欠ける、というステレオタイプな見方がある。ステレオタイプには得てして一面の真実が含まれる。だがテロ抑止に関しては、彼らはきわめて有能でもある。それがここまでイタリアにテロが発生していない理由だ。
具体的に見てみよう。カトリックの総本山バチカンを擁するイタリアは、これまでに繰り返しイスラム過激派から名指しでのテロ予告や警告を受けてきた。それにもかかわらず、未だに何事も起こっていない。2015年には、半年にも渡って開催されたミラノ万博の混乱も無事に乗り切った。
また万博終了直後から今年11月20日までのほぼ一年間に渡って催された、バチカンのジュビレオ(特別聖年)祭の警備も無難にこなした。ジュビレオでは2000万人余りのカトリックの巡礼者がバチカンを訪れた。そこに通常の観光客も加わって混雑したローマは、テロリストにとっては絶好の攻撃機会であり続けた。が、何事もなく終わったのだ。
また、国際的にはほとんど報道されることはないが、軍警察を中心とするイタリアの凶悪犯罪担当の治安組織は、実は毎日のようにイスラム過激派の構成員やそれに関連すると見られる容疑者を洗い出し、逮捕し、国外退去処分にしている。このあたりは警察を管轄するシチリア出身のアンジェリーノ・アルファーノ前内務大臣の功績が大きい、と僕は個人的に考えている。
イタリアの官憲は、たとえば車で言えばアルファロメオだと僕は思う。イタリアの名車アルファロメオは、バカバカしいくらいに足が速くて、レースカーのようにスマートで格好がいい。ところがこの車には笑い話のような悪評がいつもついてまわる。いわく、少し雨が降るとたちまち雨もりがする。いわく、車体のそこかしこがあっという間にサビつく、云々。「突出しているが抜けている」のである。
イタリアの官憲もそれに似ている。テロを見事に防いでいるのがアルファロメオの抜群の加速性であり美しいボディーだ。一方、追い詰めたコソ泥やマフィアのチンピラに裏をかかれて慌てふためいたりする様子は、雨漏りや車体のサビとそっくりだ。幸いこれまでのところは官憲の突出部分だけが奏功して、イタリアにはテロが起こっていない。
そこには本当にマフィアの功績はないのか、と言えば実は大いにある。つまりイタリア警察は、長年に渡るマフィアとの激しい戦いのおかげで、彼らの監視、捜査、追及、防止等々の重要な治安テクニックを飛躍的に発展させることができた。その意味では「マフィアがイタリアのテロを防いでいる」という主張も、あながち間違いではない、と言えるかも知れない。