トランプ米大統領が、中東・アフリカ7カ国からの人の入国を一時禁止したことなどをめぐり、全米各地で抗議活動が起きている。報道を見る限りでは米国民の大多数が大統領令に反対しているような印象を持つ。
ところが、ロイター通信が行った世論調査によると、入国禁止の大統領令に反対しているのは米国民の41%、一方賛成しているのは49%という数字が出た。この結果に僕は、少し大げさに言えば、衝撃を受けた。
ほぼ同時期に行われたギャラップ社の世論調査の結果では、賛成と反対の数字が42%と55%と逆転している。が、いずれにしても米国民の少なくとも半数が、トランプ大統領の政策を支持していることは間違いない。
選挙戦でもトランプ大統領と民主党のクリントン候補の支持率は拮抗していた。従って7カ国からの入国禁止令をめぐっても賛否がほぼ半々になるのが当たり前、という見方もできるかもしれない。
だが、米国を筆頭に世界中のメディアが連日報道しているのは、大統領令に反発して抗議活動をする人々の動きばかりである。あたかも「大統領令への反対一色」という雰囲気だ。だが現実は違っている。
インターネット、特にSNSの普及によって大手メディアの報道の中身が問われ始め、やがてそれはエスカレートして、ネット住民による「マスゴミ」呼ばわりは過激すぎるにしても、既成メディアへの不信感や懐疑論は膨らみ続ける一方だ。
今ではSNSのツイッターを駆使して世界最強の権力の座に就いたトランプ大統領が、大手メディアのテレビ画面でその大手メディアの記者に向かい、「君たちはフィエクだ。嘘を垂れ流すクズだ」と言い放つ時代になった。
大手メディアをフェイクと断罪するトランプ大統領とその陣営が、実はフェイク・ニュースを垂れ流している虚構であり、危険な嘘で塗り固められた存在、という可能性の方がもちろん依然として非常に高い。
去った選挙戦へのロシアの介入の有無や、オバマ前大統領と現職の就任式の人出の多寡をめぐる言い争い、現政権の報道官の不可解な言動など、など、疑問符満載の状況は時と共に真偽が暴かれ改善されていくだろう。
だが現在進行形で報道されている「事実」と、冒頭で述べた世論調査が示唆する「実証」との間に乖離があるのも明白な「現実」だ。僕は自身もメディアの中で生きてきた人間として、衝撃と共に目からウロコ、という思いにも強く捉われている。
それはトランプ大統領に賛成するという意味では毛頭ない。いや、むしろ逆だ。それらの「多様な現実」の存在を容認しつつ、僕はここ欧州に跋扈しつつある排外・差別主義者、日本に多い歴史修正論者や「反ポリコレ(ポリティカルコレクトネス)主義者」つまりネトウヨ・ヘイト扇動者、また不寛容志向者や引きこもりの暴力愛好家などに反対する。
「反ポリコレ主義者」に反対するとは、ポリコレ棒を振りかざして言おうとするのではない。ポリコレ棒で他者を殴る者は、差別や偏見をしないという善を盾に言葉狩りの「独善」に陥って、あらゆるものを糾弾し、多様性を認めるはずが、逆に多様性否定論者と同じになってしまうことが多い。
つまり行き過ぎたポリコレ信者は、自らの差別思想や偏見や不寛容や憎しみを秘匿して、差別用語やヘイト感情をむき出しに他人を攻撃する、「反ポリコレ主義者」と何も変わらない存在になってしまうのだ。
人種、宗教、女性差別などに始まる多くの差別感情と憎しみをあおり続けるトランプ大統領は、どこまでいっても危険なポピュリストだ。人類が多くの犠牲を払って獲得したポリコレの哲学や知恵やコンセプトは、全て無駄でつまらないことだと断定して、世界を後退させようとするネガティブな存在だ。
しかし、大多数の人々がそれを望んでいるとすれば、民主主義を標榜する限りアメリカは、トランプ大統領の目指す方向に引きずられていく可能性が極めて高い。そうなればアメリカは、自由や平等や機会の均等などを高らかに謳う、これまでのアメリカではなくなる。
いやトランプ氏を大統領に選んだ時点で、アメリカはもはや『米国民が理想とするアメリカ』の実現を目指して進む国家、ではなくなったとも言える。それは僕自身もそこに住んで実体験した偉大なアメリカ、つまり人種差別や不平等に苦しみながらも、敢然としてその撤廃に向けて歩み続ける人々の住む国ではなくなった、という意味だ。
僕は選挙戦の初めからトランプ候補の批判者であり続け、今はさらにそうだが、大統領になった彼の極論を歓迎する民衆の姿を見て、自分の立場を少し軌道修正しつつある。つまりアメリカはトランプ主義を即座には撃退できない。撃退どころかますますそれに飲み込まれていく可能性が高い、という悲観論者の立場への傾斜だ。
同時にその悲観論は、トランプ革命によって古い秩序が破壊される結果、これまでは見られなかったポジティブな方向に米国が変わり、それが世界をリードするかもしれない、というかすかな期待とも連動している。言うまでもなくそれは、過去の歴史に鑑みれば、トランプ主義は世界に否定的な打撃をもたらす運命にある、という危惧に比べてとても小さいけれど。