400pic北斎漫画相撲縦組み合う


稀勢の里の横綱昇進は甘い、という説がそこかしこにある。大手新聞の論説やトップ漫才師なども言及している。が、彼らは本当に大相撲を見ているのか、と僕は違和感を抱く場合も多い。

僕はイタリアにいて衛星放送で毎場所欠かさず大相撲を観戦している。ロンドンに拠点を置くJSTVが、NHKの大相撲放送を1日3回電波に乗せるのだ。

イタリア時間では朝の9時前後からほぼ生中継で幕内の全取り組みをオンエアする。午後は日本での生放送の時間帯を意識した頃合いに、全取り組みを2時間ほど使って録画再放送する。

さらに、午後11時頃から幕内の全取り組みを再三放映する。その時は番組を大幅に編集して、仕切り部分をほぼ全てカットして一番一番の勝負だけを短く見せる。

僕はほとんどの場合、朝のほぼ生中継を録画しておいて仕事の合間に全取り組みを見る。その時は仕切り部分の絵を飛ばして見ることが多い。時間節約のためだ。

時間に余裕があれば、仕切りの様子も含めて全て見る。本当は常にそうしたいのだが、なにかと多忙で思うようにはいかない。

朝も午後も観戦のチャンスがない場合は、夜11時からの勝負のみのダイジェスト版を見逃さないようにしている。

何が言いたいのかというと、僕は遠いイタリアにいながらもきっちりと大相撲の本場所の状況を把握している。相撲が大好きなのだ。

だから、相撲に言及する人々が実際に取り組みを見て口を挟んでいるか否か、すぐに分かる。あるいは彼らが大相撲ファンかそうでないかが、感覚的に結構分かる。

その伝でいえば、前述の大手新聞の論説執筆者やトップ漫才師は大相撲を逐一見てもいないし大相撲ファンでもない、と感じる。

稀勢の里の横綱昇進は順当だ。彼は横綱昇進の条件である、2場所連続優勝かそれに準ずる成績、という基準を満たしている。

優勝に準ずる、という規定の解釈が人によって微妙に違うが、昇進直前2場所のうち、九州場所は12勝3敗の準優勝、続いて初場所は14勝1敗での優勝だから、僕は妥当だと思う。

甘いという説も理解できないことはない。というのも1990年に旭富士が2場所連続優勝で横綱に昇進して以降、曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜の全力士が連続優勝後に横綱になっている(鶴竜のみ一場所は優勝決定戦で敗れて、優勝力士と同成績)。

しかし、旭富士以前は、今回の稀勢の里のように準優勝に続く優勝、またはその逆の形の成績で横綱に昇進したケースが多い。あの大横綱の千代の富士も準優勝場所の後に優勝して横綱になった。

2場所連続優勝なし、準優勝と優勝同点(決定戦で敗れて)で昇進した三重の海や2場所連続優勝同点で昇進の2代目若乃花というケースなどもあった。優勝なしだから彼らの横綱昇進は稀勢の里より甘いとも言える。

旭富士以降の昇進基準が厳しくなったのは、一度も優勝したことがない双羽黒が横綱に昇進(準優勝と優勝同点)した後、問題を起こして廃業したことへの反省があったからである。

旭富士以前の横綱昇進の条件は「直前の3場所の成績が36勝以上」というものだった。双羽黒の問題以降、横綱昇進の条件は「大関で2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」と厳しくなった。

稀勢の里は「直前3場所36勝」制で見た場合は最低ラインの36勝に留まるが、2016年の3、5、7月場所の合計は38勝で十分に規定をクリアし、そこで既に横綱になっていてもおかしくない強さだ。

しかし、懐疑論者たちは満足しない。彼らは稀勢の里の九州場所での準優勝が、優勝より星二つ少ないことを問題にしたがる。準優勝は優勝より勝ち星が一つだけ少ない成績であるべきだ、という訳である。

確かに稀勢の里は、優勝場所の直前の九州場所で鶴竜に次ぐ準優勝ではあったものの、鶴竜の14勝1敗での優勝に対して12勝3敗と星二つ足りなかった。

だが彼は昇進以前に12回にも渡って準優勝という成績を残している。そのうちの3回は横綱昇進直前の2016年の成績だ。加えて2016年は史上初の優勝なしでの年間最多勝も獲得した。

彼に先んじて優勝した同僚大関の琴奨菊と豪栄道が、優勝場所以外ではほとんど常にクンロク大関と呼んでも構わないほどの、不甲斐ない成績に終始している事実とは大違いだ。

稀勢の里の準優勝12回のうち11回は大関での成績である。このうち2013年7月場所、2014年1月と7月場所、2016年5月、7月、9月場所と計6回の綱取り挑戦を経験した。

6回もの綱取り場所がありながら失敗し続けたのは、ここ一番に弱いノミの心臓の持ち主だから、という批判もある。それもまた正鵠を射た意見だ。正直に言えば僕もそこが一番気になる。

しかし、その準優勝12回という数字の意味するところは、稀勢の里が長期に渡って安定した成績を残している、ということでもある。それが彼の強みではないかと思う。強みになってほしい。

長い苦しい体験が彼の横綱人生に強さを付け加えるのか。あるいはやはりプレッシャーに弱いか細い横綱で終わるのかは、いやでも来場所以降に明確になるだろう。

僕は稀勢の里が優勝回数5回前後のまあまあ強い横綱になりそうな気がする。優勝回数5回は柏鵬時代を築いた柏戸などに匹敵し、彼の師匠だった隆の里ほかの横綱を上回る成績である。

グワンバレ稀勢の里!