AKIEお辞儀切り取り


大阪の森友学園を巡る問題で、安倍首相と共に夫人の昭恵さんもいろいろと叩かれている。金銭の問題と学園の教育方針を巡る問題の2つがあるようだが、僕は後者について少しひっかかるので意見を述べておくことにした。

2015年7月28日、僕はこのブログで安倍昭恵さんについて好意的に書いた。彼女がミラノ万博会場で見せたパフォーマンスは賞賛に値すると思ったからだ。その気持ちは今も変わらない。

記事の概略は次のようなものだった。

イタリアきっての高級紙「 CORRIERE DELLA SERA」が、「万博訪問中の日本首相夫人が伝統に挑戦」というタイトルで、万博会場での昭恵さんの挨拶の言葉を大きく報じた。

記事の趣旨は、昭恵さんが「日本の女性の地位は変わらなくてはならない。私はこれまで批判を怖れて言いたいことを言わずに来たが、今後は自分の意見をきちんと表明して行く」と明確に述べて、男尊女卑の風が色濃く残る日本の因習に挑む決意を表明したというもの。

記事はこうも述べた。「Akie Abeは夫の安倍首相と政治的スタンスが違うことでも知られている。例えば彼女は原発にもまたその再稼動にも反対で、緊張関係にある中韓に対してはもっと柔軟な態度で臨むべき、という考えを持っている。

形式と儀式を重んじる日本社会では、宰相夫人が公の場では決して言わないはずの「自らの意見」を、彼女は優雅な、しかし決意に満ちたやり方で表明した。夫から「家庭内野党」と呼ばれている彼女は、沼のように淀んだ、女嫌いの日本の権力機構に風穴を開けることができるだろうか、云々。

僕は2重の意味で昭恵さんに関するこの記事を嬉しく思った。彼女が公けの場であたかも日本女性を代表するように堂々と自立宣言をしたこと。また彼女が夫よりもリベラルな考えを持っていて、しかもそれを表出することを怖れていない点だ。

彼女にはぜひ安倍首相の右カーブ一辺倒の政治姿勢に待ったをかけてほしい。そうすれば安倍首相の政治スタンスは、今よりもより中道方向に軌道修正されて望ましいものになるかもしれない、云々。


僕は冒頭で述べたように、万博会場に於ける彼女の主張はすばらしいものだった、と今でも思っている。

しかし彼女が、極右思想を園児に強いる森友学園の教育方針に賛同し、小学校の名誉校長にまでなっていた報道に接して、ひどく裏切られたような気分になっている。

世界基準では「極右」とさえ規定されることが多い安倍首相の政治的スタンスは、引用した記事でも、また他の機会でも繰り返し指摘したように驚くにはあたらない。

しかし、夫とは違う政治信条を持っているように見えた昭恵さんが、ウルトラナショナリスト的な思想に共鳴しているらしいのは、ちょっとした衝撃だ。僕は自分の不明を恥じる気分でさえいる。

森友学園問題では土地取得にからむ疑惑も噴出している。金銭疑惑は重要なものだ。だが金銭トラブルは、どんな形に落ち着くにせよ、穴埋めや賠償や処罰によって一応の解決を図ることができる。

思想信条はそうはいかない。教育のあり方を正すという法による解決策がたとえあったとしても、思想信条が消えることはない。それが思想信条だからだ。幼い子供たちに植え込まれる国粋思想も同じだ。

そんな学校に首相夫人の昭恵さんが心酔しているらしいのは残念だ。彼女が「自立した保守派の女性」でいるならすばらしい。「自立したリベラルな女性」なら理想的だ。だが「自立した極右の女性」では、「自立した極左の女性」同様にあまりぞっとしない。