ムンク叫び2 400pic


僕はこの前の記事で、仏大統領選決戦投票でのマクロン候補有利説に対する懐疑を述べた。それは同説からくる楽観を戒めたい思いで書いたものだが、その後あらたにマクロン敗北の可能性が浮き彫りになってきた。

5月7日の決選投票までわずか4日となった今も、世論調査上は無所属のマクロン候補の勝利は間違いない、という数字が示され続けている。ところがそこには、大きな「普通ならば」という枕詞が付くのである。

「普通ならば」とは、有権者が過去の大統領選と同程度の確率で投票所に足を運んだ場合、という意味である。投票を棄権したり白票を投じたりする者が続出した時は、ルペン氏の大逆転勝利の可能性があるのだ。

正確に言えば、全体の投票率ではなく、マクロン支持者の棄権率が問題だ。ルペン支持者の投票率が高く、マクロン支持者のそれが低い場合に、思わぬ結末が待っているかもしれない。

マクロン支持者が投票所に行かない理由は「私が投票しなくても大丈夫。マクロンは勝つ」と思った時だ。その場合は、米大統領選でのトランプ現象のように、基礎票が強いルペン氏が有利になる。

選挙では、大幅にリードしているとされる候補者の支持者が、安心し油断して、投票に行かないケースがしばしば起こる。そうやって一発逆転劇が生まれる。マクロン陣営がその轍を踏む可能性が指摘されている。

マクロン支持者の油断の可能性と共に、多くの有権者が「棄権」という選択肢を取る前兆もあり、それが最大の懸念だ。

第一回投票で敗れた極左のメランション元候補は、マクロン支持を表明していない。そのせいもあって、メランション氏の支持者の39%~41%程度が棄権に回るのではないか、と見られている。

それだけではない。同じく第一回投票で敗北し、直後にマクロン候補への支持を表明した共和党のフィヨン元候補の支持者の間にも、決選投票で「棄権か白票を投じる」と回答する者が増えている。その数は支持者全体の32%前後にのぼるとされる。

さらにそれよりも悪い情報もある。マクロン氏への投票を呼びかけた、社会党のアモン元候補支持者の間にも、同じ事態が起こっているのだ。マクロン候補は社会党を基盤とするオランド政権の元閣僚であり、大統領自身の支持も受けている。

政権与党の社会党党員を始めとするアモン元候補支持者からの共鳴は、マクロン候補にとっては、中核の支持者の後押しにも等しい重要なものである。それらの有権者のあいだに、棄権や白票投じという行動が増えれば、大きな痛手になりかねない。

それらの有権者が投票放棄や白票を考える理由はさまざまだ。最も多いのは、極右のルペンは嫌だがマクロンも嫌、という理由。あるいはルペンを阻止したいが大差でのマクロンの勝利も阻止したい。マクロンの勝利は、単純にルペンの次の大統領撰での勝利を保証するだけだから棄権する、など、などである。

理論上はマクロンとルペン両候補への支持率の変化はない。とはいうものの、今述べたように、第一回投票で敗北した重要候補の支持者のあいだに広まる、白票や投票棄権の動きが、ルペン候補の大躍進の可能性を消し去っていない。棄権や白票は、結局ルペン候補に投票するのと同じ行為なのである。

投票日5月7日の翌月曜日が連休中の旗日にあたることも、投票率の低下につながりかねない要因と見られている。多くの国民がバカンスに出てしまい投票所に足を運ばない可能性があるのだ。それらの有権者の「棄権票」は米大統領撰の「隠れトランプ票」と同じ効果をもたらしかねない。

数理社会学者セルジュ・ガラム氏の計算によれば、ルペン候補を支持すると考えている有権者の90%が実際に投票所に行って投票し、マクロンを支持すると答えた有権者の65%だけが同じ行動を取った場合、ルペン氏の最終的な得票率は50.07%になって、彼女が僅差で勝つことになる。

そしてルペン候補がその分水嶺を制覇するには、各種世論調査が示しているマクロン62%~59% VS ルペン38%~41%の数字を42%にまで上げれば済む、という見方もある。もちろん同時にマクロン支持者の大量棄権が発生することが条件である。

ルペン候補が42%の票を獲得するのは、もはやハードルが高いとはとても言えないだろう。ハードルが高いどころか十分に達成可能な数字だ。特に第一回目の投票以降一週間で、マクロン支持率が3%下がり、逆にルペン支持がわずかに伸びている状況を見てもそれは明らかだ。

間違ってはならないのは、ルペン氏が42%を獲得しマクロン氏が残りの58%を獲得した場合は、文句なしにマクロン氏の勝利ということである。ところが、前述したように、そこでルペン支持者の多くが予定通りに投票行動をし、マクロン支持者が大量に棄権すれば、逆転現象が起こり得るのだ。

2002年のフランス大統領選でルペン氏の父親のジャンマリー・ルペン候補が決選投票に進出したとき、非常な危機感に襲われたフランス国民は、「極右ルペン阻止」で大同団結して投票所に繰り出した。結果、対立するジャック・シラク候補が82%強もの票を獲得してルペン氏を完全に押さえ込んだ。

当時はあり得ないと考えられていた極右のルペン候補が決選投票に進んだのは、低い投票率が強固な組織と支持者を抱える政党、国民戦線に有利に働いたからだ。あれから15年。フランスの社会状況は大きく変わって、今回は決選投票で同じ事態が起こり、極右の大統領が誕生するという悪夢が待ち受けているかもしれないのである。