800eurovisionヨリ


久しぶりに面白い歌番組を見た。2017年「ユーロビジョン・ソング・コンテスト(Eurovision Song Contest 以下ESC)」である。毎年ほぼ常に5月に行われ、欧州全体を網羅する大型音楽番組。ヨーロッパのみならず、ロシア、トルコ、イスラエルなどの欧州周辺国、また北アフリカの国々も参加資格を有している。例外的だがオーストラリアも出場している。相当にグローバルなイベントなのである。

今年は5月13日に42カ国が参加してウクライナのキエフで決勝大会が開かれた。43カ国の予定だったが、ロシアがウクライナに拒否されて不出場となった。ロシアによるウクライナ南部のクリミア併合を巡って2国は対立している。残念ながらその影響が出たのだ。欧州との確執が鮮明になりつつあるトルコも参加しなかった。もしかするとトルコは、同国のエルドアン大統領が退陣しない限り、コンテストから目をそむけ続けるのかもしれない。

そんな具合に政治的な問題も皆無ではないが、ESCは歌を通して欧州が友好親善を確認し合う素晴らしいイベントである。欧州を一つにつなげるという理念が目覚しいばかりではない。そこで披露される楽曲が極めてレベルが高く、文字通りどのアーティストが優勝してもおかしくない面白い歌ばかりなのだ。

ESCでは、普段はお互いにほとんど耳にすることのない欧州各国の歌を、欧州の人々が衛星生放送で同時に聞き、楽しみ、評価し合う。出場するアーティストは、ほとんど常にそれぞれの国のスター歌手である。そこで披露される曲も、厳しい審査を経てエントリーしているから、レベルが高いのが当たり前、といえば当たり前ではある。

今年優勝したのはポルトガルだったが、僕の中ではその歌は「普通にラブソング」過ぎて面白くなかった。一緒に観ていた妻も同じ意見だった。しかし、その楽曲は各国のプロの審査員や、一般視聴者投票でもダントツに人気があった。歌に対する人の好みの違いの広大を改めて思った。

全く偶然なのだが、僕がいいなと感じた曲は中東欧諸国のものが多かった。優勝曲は審査員と一般視聴者のWEB投票によって決まるので、僕も投票をするつもりで一曲づづチェックしていた。それを記すと、1位ルーマニア 2位モルドバ 3位ハンガリー 4位アゼルバイジャン、続いてベラルーシなど。いわゆる西側ヨーロッパの国の曲はその後にスウェーデンが来るのみだった。

僕が高得点を入れた中東欧諸国は、全ていわゆるロマ(ジプシー)音楽の伝統や影響が強い地域である。僕が3位と評価したハンガリーの曲は、ロマ音楽の影響どころか、ロマ音楽そのものと言っても構わないものだった。だがそれ以外はあからさまにロマ音楽を思わせる楽曲ではない。それでも僕の琴線に触れるものが多いのは、ロマ音楽の心意気がどこかに秘匿されているからではないか、と思う。僕はそれが好きなのだ。

イタリアは今年は優勝候補の筆頭と目されていたが振るわなかった。僕のランク付けでもスウェーデンの次の次ぐらいに位置していただけだ。イタリアの歌は2月のサンレモ音楽祭の優勝曲である。イタリアのみならず欧州でもヒットしているせいで、優勝候補の最右翼と見なされていた。それが6位に終わって、イタリア中が深いため息をついた。

イタリアは実はESCをちょっとバカにしているところがある。ESCがイタリアの老舗の音楽番組サンレモ音楽祭を手本にして作られたからだ。ESCの放送権を持つイタリア公共放送のRAIは、明らかにESCよりもサンレモ音楽祭を重視している。「歌大国」でありながら、イタリアがESCに参加したりしなかったりを繰り返してきたのも、そのあたりに理由がある。

サンレモ音楽祭はイタリアの公共放送局RAIが主催する音楽コンテストである。繰り返すがESCはサンレモ音楽祭を真似て作られたイベント。RAIはそれが得意なのではないかと思う。同時にRAIには、イタリア国内で圧倒的に人気のあるサンレモ音楽祭を盛り上げるほうが営業的に得策、という計算もある。だからESCよりもサンレモ音楽祭に力を入れる。

だがRAIは、もうそろそろ考えを改めるべき時だ。ESCのエントリー曲の全ては本当に質が高い。一方サンレモ音楽祭には退屈な曲も多く参加する。一日4時間余りの放送を5日間も続けるために、たいして優れてもいない楽曲も挿入しなければならないからだ。サンレモ音楽祭は、イタリア国内だけで喜ばれる「大あくび番組」に過ぎないことにRAIは気づいた方がいい。

最近音楽番組のことを書くことが多かった。僕はサンレモ音楽祭に少し辟易していて、今後は見ないぞ、と誓ったりしている。NHKの紅白歌合戦も長時間過ぎてちょっと疲れることがないでもないが、これは今年も観るつもり。一方ESCの場合は、文句なしに、積極的に、ずっと観つづけて行こうと思う。とにかく面白いのである。ネットなどでも観ることができると思うので、読者の皆さんもぜひ一度覗いてみてほしい。