被害者ヴァヌッキさんと犯人400
被害者ヴァヌッキさんと犯人


先月末、イタリア・トスカーナ州のルッカで、元愛人(女性)にガソリンを浴びせて着火殺害した男に30年の禁固刑が言い渡された。犯行はそれより10ヶ月前に行われた。

パスクアレ・ルッソ(46)は、愛人だったヴァニア・ヴァヌッキさん(46)に別れ話を持ち出されて激昂。ストーカー行為を続けた後の2016年8月2日、彼女を呼び出して犯行に及んだ。

遅滞で悪名高いイタリアの司法が、ほとんど奇跡的とも言える迅速さで判決を言い渡したのは、女性への暴力沙汰が後を絶たないことへの危機感があると見られる。検察は終身刑を要求していた。

夫や元夫、また恋人や元恋人などが相手の女性を殺害する事件を、殺人(homicide)になぞらえて女性(FemininまたはFemale)と合わせFemicide(伊語Femicidio)と呼ぶ。女性殺し、というようなニュアンスである。

世界の殺人事件の被害者は、およそ8割が男性である。そのため一般的ではない女性被害者にことさらに焦点を当てるFemicide論争はおかしい、という見解も根強くある。

しかし、Femicideの根底にあるのは深い女性差別の心理であり、男による女性支配願望等である。Femicideの被害者は、ただ「女性であること」が理由で殺される。それは必ず是正されるべきだ。

イタリアでは、Femicideの被害者が2000年~2012年の12年間で
2200人に上った。これは1年に平均171人。またはほぼ2日に1人のペースである。

数字は年々減る傾向にあり、2014年:136人、2015年:128人、2016年は12月現在で116人程度だった。それでも毎年100人を優に超す人数の女性がFemicideに遭っている。

世界全体では毎年6万6千人の女性がFemicideで殺害される。最も多いのは中南米の国々。またインドやアラブ諸国も多く、米国では1日に平均4人の女性がfemicideに遭う。

イタリアのfemicideの件数は欧州で最も多いのではない。発生率も異様に高くはなく、平均的といってもかまわない数字である。

欧州で発生件数が多いのはドイツ。少し古い統計だが例えば2010年はドイツが387件で最も多く、2位がトルコの334人、3位が英国の195人。イタリアはその年は169人で4位。

イタリアのfemicideの件数は前述したように年々減少し、毎年スペインなどと順位が入れ替わるような形で推移している。なお、人口比率でのfemicideの数字は欧州ではキプロスが最も高く、オーストリア、フィンランド、チェコなどが続く。

イタリアの特異さは、femicideが軽視される傾向にあることだ。男が主として愛情のもつれから女性を殺害するのは、「相手女性を愛し過ぎているから」という暗黙の了解、見方が厳然としてある。

いわゆる痴話喧嘩の極端なケースがfemicideである。そして痴話喧嘩は極めて個人的な事案であり、痴話喧嘩には他人は口を出すべきではない、という心理がイタリア人には強く働くと言われている。

まさにアモーレ(愛)の国ならではの在りようだが、被害者になる女性はたまったものではないだろう。だからこそイタリアでも、女性に対する暴力を何とかしなければならない、という気運が高まってはいる。

しかしこの国では、2013年に女性への暴力を厳しく取り締まる特別な法律も成立したが、成果が非常に上がっているとは言いがたい。

イタリアでは、女性の殺害には至らないものの、顔や体に大きな損傷を受ける酸攻撃の被害者なども少なくない。たとえば今年1月には、ジェシカ・ノターロさん(27)が元恋人の男に酸を浴びせられて顔を大きく損傷。

前:塩酸被害顔Gessica Notaro200

事件前のノターロさんと事件後

後:塩酸被害顔Gessica Notaro200

ノターロさんはミスユニバースのイタリア代表選で最終選考まで残り、歌手としても知られた存在。事件から2ヶ月後に敢えてテレビ出演をして、破壊された顔をテレビにさらし「私をこんな姿にしたのは断じてアモーレ(愛)などではない」と訴えて、視聴者の心を震撼させた。

女性の権利意識が高い欧州の中で、イタリアはどちらかというと後進地域の一つであり続けている。そこには保守傾向が強いバチカンを抱えた特殊な事情等がある。だがそのイタリアに於いてさえ、「愛にかこつけた女性への暴力」の愚劣を根絶しよう、という動きが遅まきながら高まっている。