転覆する難民ボート切り取り
写真:イタリア海軍


警告

イタリア政府は6月28日、EU(欧州連合)が地中海の難民・移民問題を放置し続けるなら、イタリアは難民・移民を乗せた外国船舶の同国への寄港を禁止する、と正式に表明した。

とどまることを知らない地中海難民・移民の流入にイタリアがついに音をあげた。「情けの国」の民が情けに疲れたとでもいうべきか。

イタリアが例えば日本並みに難民に非情になることはないだろうが、地中海難民をせっせと救助してきた寛大な国が実際に方針転換をすれば、「欧州の良心」の一つが大きく後退することになる。

重い負担

イタリアには今年6月28日現在、73000人あまりの難民・移民が上陸した。そのうち12000人以上が6月25日以降~27日の間に一気に流入した。それが警告の直接の引き金になった。

2013~2016年間にイタリアにはおよそ55万人の難民・移民が漂着した。それらの難民・移民の全てがイタリアに永住するのではない。多くが最終目的地を北欧に定めている。

それでも彼らの救助と保護、また行き先が決まるまでの間の全ての面倒を見るイタリアの財政的負担は大きく、政治的にも従って社会的にも影響は深刻だ。

地中海上の難民・移民の大半は、イタリア沿岸警備隊ほかの組織によって救助される。それに加えて、ドイツ、スペイン、フランス、マルタなどのNOGが船舶を出して救助活動をしている。

EUの規定では、難民・移民が最初に上陸した国が彼らの難民申請を受理し、審査し、受け入れ決定の可否に責任を持たなければならない。

その審査には膨大な時間がかかる。行き場のない難民か、豊かな生活を求めて侵入するいわゆる「経済移民」かの見極めも難しい。

イタリア政府は審査が行われる間彼らに衣食住を提供し、健康管理に気を使い、子供たちの教育その他の一切の面倒を見なければならないのである。

難民・移民を遭難の危機から救助することと、救助・上陸後に継続的に面倒を見ることとは全く別の事案である。

NGOと欧州連合

イタリア以外の国々のNGOは、救助民をそれぞれの国に運ぶのではなく、イタリアに押し付けてあとは知らん振りを決め込んでいる。

彼らの国の政府も同じだ。それはもはや受け入れ難い。従って外国船籍の船の寄港を拒否する、というのがイタリアの言い分である。

イタリアを含む欧州各国のNGOは、難民・移民の流入を防ぎたいEUの意思に真っ向から対立する形で、地中海上をさ迷う漂流民を次々に救助している。

先日はそうした中、ほとんどの漂流民が上陸するシチリア島のカルメロ・ズゥッカロ( Carmelo Zuccaro)検察官が、難民・移民を救出している民間NGOが難民・移民ボートを誘導している、と発言して物議を醸した

難民・移民は「人身売買兼運び屋」に金を払って、用意されたボートに乗って命がけで地中海に乗り出す。NGOの勝手な救出活動は、難民・移民を鼓舞して危険な海に向かわせている、という指摘は以前からある

この指摘に対してNGOは、われわれは人道的立場から行動しているのであって、非難は当たらない。そうした非難は反移民感情をあおりたい政治家のプロパガンダだとしている。それが真実なら、ここにも排外主義ポピュリズムの流れが影響していると言える。

EUの対応

文字通り連日、大量の漂着民が上陸するイタリアの危機的な状況は、同国の政治経済を揺るがし社会不安をあおって臨界点に達しつつある。もはやこれ以上の漂着民の「ホスト(もてなし)役は」ごめんだ、というのがイタリアの痛切な思いだ。

イタリアの非難はEU域内の全ての国々に向けられたものだが、特に難民・移民を全く受け入れず、漂流民上陸の最前線であるイタリアやギリシャへの協力も拒み続ける、元共産主義国の中東欧諸国への怒りが強い。

イタリアは前述したように6月28日、マウリツィオ・マッサリ(Maurizio Massari)EU大使を欧州委員会に送って、同国の意図を明確に伝えた。

欧州委員会のディミトリス・アブラモプロス移民担当委員は、「状況が危機的だというイタリアの主張は正しい」と認め、難民・移民問題に対するイタリアの対応は「模範的」なものだとも評価した。

また同委員会のナターシャ・ベロード報道官は、船舶の上陸手続きは国際法で定められている。従ってイタリアが方針を変更するならば、EUとの真剣な議論を経て且つNGOに十分な準備期間を与える形でなされるべき、と語った。

「海上における人命の安全に関する国際条約」は、海難事故を察知したあらゆる船舶は状況のいかんを問わず直ちに支援をしなければならない」と定めている。

また「事故の起きた海域の国は難破船の人命の救助活動に責任を持ち、その国の政府は可能な限り素早く、且つ合理的に遭難者の上陸の手はずを整えること」とも規定している。

難民・移民を満載した地中海の船舶はほとんどの場合、イタリアの領海に漂着する。そのため、イタリアは国際法の定めによって彼らを保護する義務を負わされている。イタリアはもうそれが限界だと考えているのである。

2014年以降、地中海ルートを通ってヨーロッパに入った難民・移民はおよそ170万人。EU構成国28国は、これらの移民・難民の受け入れをめぐって対立を続けてきた。

イタリアの警告また要請を受けて、ドイツのメルケル首相は「EUは必ずイタリアを援助する。イタリアの訴えは尊く胸を打つ。7月のG20までにEUは何らかの結論を出すだろう」と述べた。

またユンケル欧州委員会委員長 は「EUは難民・移民問題に真っ向から立ち向かっているイタリア(とギリシャ)という英雄国を見捨ててはならない。EUは力を合わせて彼らを助ける」と表明した。

一方フランスのマクロン大統領は、イタリアへの連帯を表明しながらも「地中海を渡ってくる人々の中には難民ではなく豊かな暮らしを求める「経済移民」も多い。8割がそういう人々だ。われわれは難民とそれらの経済移民とを区別しなければならない」と釘を刺すことを忘れなかった。

仁慈の国

イタリアは情け深い国だ。自らの経済的困窮もかえりみずに地中海をさ迷う人々に救いの手を差し伸べ続けている。寛容はイタリア国民独自の美質だが、そこにバチカンの影響が加わって人々の慈悲の心はさらに深まる。

カトリックの総本山であるバチカンは、その保守性からイタリア社会にさまざまな負の影響も与える。同時に、ひたすら寛容と、慈悲と、赦しの心を説いて飽くことがない。

フランシスコ教皇は、イタリア国民に向かって難民・移民の保護と受容を訴え続けている。そのスタンスは確固としてゆらぐことがなく、慈愛に満ちている。

心優しいイタリア国民は、フランシスコ教皇の思いによく応えている。この国にもむろん反移民の不寛容・排外主義者は多くいる。つまり極右やネトウヨ・ヘイト系の人々だ。

最近はローマのラッジ市長が「難民・移民受け入れの扉を閉める」と表明して、彼女の所属する反体制政党「五つ星運動」が、極右の「北部同盟」と同じ穴のムジナであることを暴露した。

イタリアは今のところ、反移民・排外差別主義が旗印のトランプ主義者を抑え込むことに成功している。だが政治経済社会の混乱に拍車をかける移民・難民問題は、それらの人々の怒りの火に油を注ぎ続けていることも事実だ。

イタリア政府は、「今後も人道上の理由から難民・移民の海上での救助・救援は続ける」とした上で、彼らの保護、管理、衣食住の提供その他の重い負担をEU各国で分担してしてほしい、と悲痛な訴えをしている。EUは速やかにそれに応えるべきだ。