ブラジル代表ネイマール
イタリアサッカーの凋落について考えていたら、それに引きつけられたのでもあるかのように、サッカーを巡る興味深い出来事が次々に起こった。
メッシのチャリティー結婚披露宴周りの醜聞についてはもう言及した。その少し前から取りざたされていたのが、FCバルセロナからパリ・サンジェルマンFCに鞍替えするネイマールの異常な額の移籍金である。
ブラジル代表のストライカー・ネイマールは25歳。世界でも指折りの強豪クラブ・FCバルセロナでメッシ、スアレスと共に世界最強と言われる3トップ(攻撃態)を構成した。しかし2017年8月3日、パリ・サンジェルマンFCへの移籍が発表された。
その移籍金は「不道徳」と形容する者さえいる史上最高額の2億2200万ユーロ(約291億円)。これまでの移籍金最高額の2倍を一気に超えるものになった。ネイマール自身の年棒は税込みの4500万ユーロ(60億円)。世界最強プレーヤーと呼ばれるメッシやロナウドを、ここでも一気に抜き去ることになる。
時代も金の価値も状況も違うが、移籍金291億円とは、マラドーナが1982年にボカ・ジュニアースからバルセロナに移籍した時の約9億4千万の30倍。つまり、ネイマールは、当時のマラドーナの30人分の価値があるということになる。
また1990年にイタリアの至宝ロベルト・バッジョが、フィオレンティーナからユヴェントスへ移籍した時に動いた金は約13億円。従ってネイマールは、当時のバッジョの22倍の価値があるということになる。あるいは21世紀に入って移籍金が高騰して以降の、ジダンの値段98億円と比較しても約3倍である。
それがいかに荒唐無稽な試算また金額であるかは、サッカーを少し知っている者ならたちまち理解できるはずである。ネイマールの潜在能力の高さは誰にも否定できないが、今のところ彼は断じてマラドーナやバッジョの域には達していない。もちろんフランス最強プレーヤーのジダンにも及ばない。
高額な移籍金はそれぞれの時代を反映したものである。また時代を駆け抜けた名選手たちの価値は、金銭のみで推し測ることはできない。先に述べたように金銭の価値も世情もそれぞれの時代で大きく変わるからだ。それでも、ネイマールの今回の移籍金の高さは尋常ではない、とは子供でも分かるのではないか。
これまでのサッカー選手移籍金の最高額は昨年、ユヴェントスからマンチェスター・ユナイテッドに移籍したポール・ポグバの約140億円。ネイマールのそれは一気に2倍以上になった。普通のサッカーチーム(企業)なら、とても投入できない金額だ。
ネイマールを獲得したパリ・サンジェルマンFCは、中東カタールの国営企業がオーナーである。要するに同クラブは、オイルマネーに溢れたカタールの国営チームとも呼べる形態。採算を無視した取引をやってのけられるのは、親方日の丸ならぬ「親方カタール国」チームだからだ。
パリ・サンジェルマンFCはネイマール関連事業で、今後5年間に790億円近い出費をすることが見込まれている。その内訳はネイマール自身の年棒、税金、契約解除金、ボーナス等々である。つまり同クラブはネイマールを獲得したことで、移籍金とは別に一年に約158億円もの負担増を抱え込むのである。
ネイマール自身と彼のマネージャーでもある父親は、この移籍によって数十億円の一時金をパリ・サンジェルマンFCから支給される。またネイマールの年棒は前述のように一気に世界最高額にハネ上がる。移籍劇には金銭的な動機が大きく関わっていた。ネイマールと父親は、その点でFCバルセロナやファンからバッシングを受けたりもしている。
僕は彼らを非難する人々には違和感を覚える。ネイマールは優れた「プロ」のサッカー選手だ。プロにとっては年棒が自身への評価なのだから、より多くのサラリー(年棒)を提示するチームに移籍するのは当然だ。彼の年棒は税込みで約60億円。手取りでは30億円前後というところだろう。
庶民から見れば、もはやため息さえ出ないような呆れた高額だが、超一流のサッカー選手の年棒としては納得の行く金額だと僕は思う。ネイマールは世界中のサッカーファンの夢を大きく広げ、くすぐり、突き動かすことができる才能の持ち主だ。「夢のような」金額を稼ぐのも、スタープレーヤーの「夢をつむぐ」仕事の一つではないか。
法外なのは移籍金である。これは企業であるプロのクラブ同士が勝手にやり取りをするもので、ネイマールには何の責任もない。ある種の人々が指摘するように金額が不道徳であるならば、彼が所属するクラブが不道徳なのであり、選手自身には関わりのないことだ。責めるならFCバロセロナと、特にパリ・サンジェルマンFCを責めるのが道理である。
さて、ここまでがテレビ屋としての僕の野次馬また金棒引き根性に基づいた、噂話とおしゃべりとパパラッチ的情報である。次に純然たる1人のサッカーファンとしての考えも述べておきたい。
ネイマールはまぎれもなく超一流のサッカー選手である。年齢も25歳と若い。だが彼の所属する(した)スペインのFCバロセロナにはメッシという文字通り世界一のプレーヤーがいる。
バルセロナでは全てがメッシを中心に回る。ゴールを狙うのも第一義にメッシであり、フリーキックやPKも基本的にメッシが受け持つ。そのメッシは契約上、少なくとも2021年までは同チームの顔として存在し続ける。
つまりネイマールは、彼とメッシとスアレスで構成される世界最強の3トップの一角ではあるものの、スアレスとチーム内の2番手、3番手を争う存在であり続けるのだ。全てが普通に動いて行くなら、今後も決して最高峰のメッシの上に行くことはできない。メッシを抜けないとは、つまり世界ナンバーワンにはなれないということだ。
彼はメッシを凌ぐ選手になりたいと熱望している。凌ぐことはできなくても、彼と並ぶ世界最高峰のプレーヤーになりたいと願っている。例えばレアル・マドリードのロナウドのように。そしてネイマールにはそれだけの潜在能力がある。
メッシと同級の選手になり、あわよくば彼をも凌ぐ選手になりたい。それもネイマールがパリ・サンジェルマンFCへの移籍を決意した大きな理由だろうと思う。彼は賭けに出たのである。なぜ賭けなのかというと、パリ・サンジェルマンFCで輝けなかった場合、彼は激しくバッシングされる可能性が高いからだ。
パリ・サンジェルマンFCの最大の目標は、欧州チャンピオンズリーグを制することだ。それによって、スペイン、イングランド、ドイツ、イタリアなどの後塵を拝している仏プロサッカー「リーグ・アン」の地位を押し上げ、そこに所属する自身の知名度も高めたいからだ。
その切り札としてパリ・サンジェルマンFCは大枚をはたいてネイマールを獲得した。その狙いが外れたときの失望は大きく、責任は全てネイマールに押し付けられる可能性がある。その時には彼は、世界一のプレーヤーどころか、FCバロセロナなどの世界トップクラスのチームの一員、という特権も失うことになる。
なぜならパリ・サンジェルマンFCは、ネイマールが大きく輝いて、メッシやロナウドと同格の高みにまで達した時に、初めて「世界トップクラスのチームの一つ」と見なされるようになる筈だからだ。パリ・サンジェルマンFCは今のところ、ネイマール自身と同様に潜在能力の高い、だが同時に脆性も秘めた不確かな存在に過ぎないのである。