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北朝鮮とのつばぜり合い、エルサレム宣言、セクハラ疑惑、など、など、尽きることなく難問が湧き起こる中、トランプ米大統領に大きなダメージとなる新たな
「事件」が発生した。

12月12日に投開票されたアラバマ州の上院補欠選挙で、トランプ大統領が強く押した共和党の候補が、民主党候補に敗れたのだ。

ただの敗北ではない。アラバマ州は過去25年間に渡って共和党が制してきたいわば「牙城」。それだけに共和党の負け戦のショックは大きい。

敗戦は共和党が上院で辛くも保っている過半数を危うくして、トランプ大統領の政権運営がますます難しくなることを意味する。

それはつまり、来年の中間選挙で民主党が共和党を倒して、上院の多数派になる可能性がぐんと高まった、ということでもある。

誰も予想しなかった共和党の敗北は、元大統領首席戦略官で白人至上主義者のスティーブン・バノン氏とトランプ大統領が組んで、選挙戦を激しく戦った挙句にやってきた。

2人は負けの責任を問われているが、中でもバノン氏への風当たりが強い。バノン氏は昨年の大統領選でトランプ陣営を主導して選挙を勝利に導き、大統領首席戦略官に抜擢された。

しかし、トランプ大統領の娘婿のクシュナー上級顧問などの政権幹部と対立。ことし8月に解任された。だが政権から去った後も、トランプ大統領の「影の参謀」と目されてきた。

共和党主流派はバノン氏を激しく非難。ピート・キング下院議員は、トランプ大統領の選挙戦のスローガンをなぞって「アメリカを再び強くするためにバノンを排除するべき」と主張。

キング議員はさらに、白人至上主義を信奉し移民や多文化主義を排撃する
「バノンのオルタナ右翼的な思想や言動は、保守派の価値観を表すものではない」とも言明。

挙句にはテレビ番組に出演して、「スティーブン・バノンは政界に迷い込んだ、だらしない酔っ払いのような風貌の男だ」と、いささか感情的に過ぎると見える罵声まで浴びせた。

また保守系雑誌の一つは、共和党候補のムーア氏がセクハラ疑惑で激しい責めを受けたことを念頭に置いて、彼を強く支持したバノン氏を「他者を操る小物で、悪名高い候補者ばかりを好んで支持する」と酷評した。

僕はそれらの動きをここイタリアで追いかけながら、スティーブン・バノン氏その人が11月半ばに日本を訪問した折の状況をしきりに思い出していた。

バノン氏の訪日の目的は、中国の人権問題などについて研究する「諸民族青年リーダー研修会」で講演するためとされた。

バノン氏は実際にそこに顔を出した。が、トランプ大統領とほぼ同じ時期に同氏が日本を訪れたことが僕の目には異様に映っていた。

僕は当時、安倍首相が得意のトランプ大統領への阿諛外交の一環として彼を招聘し、「トランプ主義」の称揚をさせたのではないか、とさえ疑った。

事実バノン氏は、「現在も大統領と親しい」と強調しつつトランプ大統領の政策を賞賛する発言を繰り返し、核ミサイル開発を加速させる北朝鮮への武力行使の可能性について次のように述べた。

「アメリカの国家安全保障会議や国防省、また国務省や情報機関の全ては、多くの分析を行い、あらゆる選択肢を検討している」

「それらの機関はアメリカのみならず世界で最も“賢い”人々の集まりであり、彼らは毎日その問題について検討している」

などとして、例によってアメリカの優位性を強調した。

そういう発言はアメリカ人がよくしたがるものだ。彼らは世界の金融政策に多大な影響を与えるFRB(連邦準備制度理事会)にもアメリカの「最高の頭脳」が関わっていて、「最高の政策」を発案すると言う。

だがそれらのアメリカの最も“賢い”頭脳が考え出した政策は、ベトナムではアメリカに苦杯をもたらし、イラク戦争でも破局し、中東政策ではほぼ常に間違いを犯しつづけた。

またFRB(連邦準備制度理事会)が、世界経済の動向を「理路整然と読み違える」のも毎度のことである。北朝鮮問題に関しても彼らの力量は同じ、という可能性も大いにあるのではないか。

さらにバノン氏は、北朝鮮を「中国の属国」と断定し、北朝鮮を抑えるためにアメリカは中国に圧力をかけ続けて、石油の全面輸出禁止措置に踏み切らせるべき、とも主張。

中国が従わないならアメリカは、世界の金融市場から中国を閉め出したり、資本市場から中国の銀行を切り離したり、あるいは中国企業に重い制裁を科したりすることもできる、とした。

バノン氏の主張は一面の真実を突いている。だが「中国の属国」である・一寸の虫の北朝鮮にも五分の魂があり、世界経済から中国を閉め出せばアメリカ経済も大打撃を蒙る、という一面の真実を忘れている。

あるいはバノン氏は、自らの主張に不都合な真実を意図的に無視している。それはトランプ大統領を筆頭にバノン氏らも強く支持する、排外・ヘイト主体の「トランプ主義」信奉者らに典型的な態度だ。

「トランプ主義」は世界に蔓延しつつある。同時にそれに対抗する流れも欧州を中心に勢力を増している。最終的には後者が勝つだろう。勝たなければ世界は、不寛容と憎悪が充満する苦しい場所になるだろう。

アメリカはトランプ大統領を誕生させたことで、今はもうかつてのアメリカではなくなった。アメリカは死んだ。同時にアメリカは再生しつつある、とも思う。

再生したアメリカは、かつてのアメリカ国民が彼らの『理想とする国造りに向けて困難を克服しながら進み続けるアメリカ』ではもはやあり得ない。

それは「トランプ主義に汚染された分だけ卑小になった」自由と平等と寛容の国・アメリカである。それでもトランプ主義にまみれた今のアメリカよりははるかに増しだ。

アラバマ州知事選挙でのバノン氏とトランプ大統領の敗北が、もしもトランプ主義の終わりの始まりであるなら、それはトランプ後のアメリカの「再生の始まり」でもあると思いたい。