
連立政権樹立への協議を続けているドイツのメルケル首相率いる同盟(キリスト教民主・社会同盟)と社会民主党は2018年1月30日、難民の家族呼び寄せを「1ヶ月あたり1000人までとする」ことで合意した。
同盟と社会民主党は、昨年9月の総選挙以来続いているドイツの政治不安を解消するべく連立を模索しているが、難民問題は受け入れ人数を制限したい同盟と、より多くの難民を救うべき、とする社会民主党が対立する最大課題の一つ。
連立交渉は、選挙で大きく敗退した社会民主党内部の混乱が影響して難航している。それは同じ選挙で明確な勝利を得られなかった、メルケル首相が統率する同盟の衰退とも表裏一体を成している現象である。
同盟は僅差とはいうものの総選挙の勝利者ではある。しかし極右の「ドイツのための選択肢」の大躍進を許した分だけ凋落し、それはメルケル首相の求心力低下、という現実ももたらすことになった。
メルケル首相の求心力が低下したために、連立政権樹立へ向けて動く彼女の思惑が社会民主党員に理解されず、また理解しようという動きも起こらず、同党内部の反対勢力の声ばかりが高くなっている、という側面もある。
総選挙で共に議席を減らした同盟と社会民主党は、そのように政権樹立へ向けて厳しい歩みを続けているが、特に社会民主党は選挙後も支持者離れが続いて前途多難である。それでも両党による大連立は日の目を見るだろう、と僕は考える。
時間をかけながらも、一つ一つのハードルを越えていく連立協議の動きが、そのことを示唆している。また、EU(欧州連合)の盟主たるドイツの政治の混乱を収拾したい、と切望する同国の第1党と第2党としての自負と責任感もそこには作用する。
ドイツの政情不安はドイツ自身の弱みとなり、それは直線的にEUの弱体化につながる。EUの弱体化は米トランプ主義の増長を呼び、独裁国家の中国やロシアの横暴加速も招きかねない。
彼らはそうした不都合を避ける為にも、政府不在状態のドイツ国家を正常に戻そうとするだろう。例えば日本の「対米従属安倍内弁慶田舎者政権」などとは違って、ドイツの指導者層は、常に世界情勢を睨み分析しながら自らの立場と責任を意識して行動しようとする。
ドイツの政治不安が解消された後の同国の政治情勢は、しかし、極めて不透明になるのではないか。それというのも3期12年に渡ってドイツ政界を牛耳り、欧州を引っ張り、世界に向けても多大な影響力を行使したメルケル首相の威信がふいに減退したからだ。
彼女の権勢が大きく削がれたのは、皮肉にも2015年9月、ほぼ90万人もの難民を一気に受け入れた英断による。世界を感動させたその措置は、難民増大によって政治的、社会的、経済的負担が増したドイツ国民の反感を買うことになった。
それは排外差別を標榜する米トランプ大統領の誕生や、Brexitを主導した英国の反移民差別不寛容主義者らの台頭と軌を一にしていた。そうした動きは、フランスの極右勢力やイタリアのポピュリスト政党「五つ星運動」の台頭などにもつながった。
その社会現象のもっとも甚だしい例が、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」の躍進である。長い間封印されてきたヒトラーのナチズムにつながる政党の威力の顕現は、世界の良識また道義支持者らの肝をつぶした。
メルケル・オバマのリベラル勢力とトランプ排外ネトウヨ勢力が対峙する歴史の交差点で、オバマ前大統領が表舞台から姿を消し、辛うじて居残ったメルケル首相は政治的に青息吐息の状況に追い込まれた。それは世界にとって不吉な絵図である。
さらに不吉な要素もある。世論調査によるとドイツ国民のおよそ半数が「メルケル首相は今後4期目の政権を担うことになっても任期満了前に退陣するべき」と、答えていることである。つまり多くのデータや情勢が、メルケル首相の政治的な終焉を示唆している。
ドイツの大連立が成ったと仮定しての話だが、成熟した民主主義国家で4期にも渡って政権を担うこと自体が既に驚きである。トランプ主義が蔓延する昨今の世界政治の環境は、反メルケル的空気が充満する状況、とも考えられるだけに余計に。
反メルケル主義、つまり排外差別不寛容が核のトランプ主義は、いまこの時点ではドイツ社会を席巻しつつある、という見方もできる。それでも最終的には、ドイツの反動勢力は排斥されるだろう。なぜならメルケル政権は「強さ」を取り戻す、と考えるからだ。
たとえそうはならなくても、メルケル後のドイツ政界には「メルケル主義者」が出現して、欧州の良心を旗印にトランプ主義や変形共産主義や一党独裁国家などの悪に対抗する、強い力が生まれると信じるからだ。
再び、たとえそうはならなくても、EUのもう一つの木鐸であるフランスのマクロン大統領や、イタリア他の国々の「EU信奉者」らが結束して、メルケル主義を旗印にトランプやプーチンや習近平らと対峙する力を構築する、と思うからだ。