
ディマイオ(左)&サルビーニ両氏
勝者と敗者
イタリア総選挙の最大の勝者は支持率4%から18%に跳ね上がった極右の
「同盟」と、支持率25%から32%に高まったポピュリストの「五つ星運動」である。
また最大の敗者は支持率25%から19%に落ちた政権与党の「民主党」と、支持率22%から14%に急落したベルルスコーニ元首相が率いる「フォルツァ・イタリア」党である。
前首相で民主党代表のレンツィ氏は、敗北を受けて党首を辞任。ベルルスコーニ元首相は連合仲間の「同盟」の党首、サルヴィーニ氏を首相候補として認めざるを得なくなった。
僕はこの前の記事で、《選挙の勝者の「五つ星運動」は、他党との連携や共闘を頑なに拒否していて今回も連立政権への参加を拒み、将来の単独での過半数制覇を模索するのではないか》と書いた。
どうやらそれは誤った見方だったようだ。「五つ星運動」のトップで首相候補のディマイオ氏が、全ての政党に「五つ星運動」との提携を呼びかけ、政権樹立への強い意欲を示したからだ。意外な展開だった。
首相候補者たち
最大の勝者である「五つ星運動」のディマイオ氏は首相になる大きなチャンスを握った。しかし「五つ星運動」が、“腐敗の塊”と罵倒する既成政党との連立なくしては、それは実現できない。ディマイオ氏にとっては困難な作業になるだろう。
なぜなら抗議政党とも呼ばれる「五つ星運動」の支持者は、既存の体制に激しい怒りを持っている。彼らの支持を引き止めつつ、既成政党との妥協を探るのは、矛盾する動きなのである。
一方、会派としては最も高い得票率を得た中道右派連合のうち、最大の勢力となった「同盟」のサルヴィーニ党首も、首相職に強い意欲を示している。
反EUと反移民の旗印を鮮明にするサルヴィーニ氏は、党名を「北部同盟」から単純に「同盟」に変えて、イタリア北部を地盤にする同党を全国区の党に育て上げる作戦に出た。
北部同盟は経済的に貧しい南部イタリアを怠け者、物乞いなどと侮蔑してきたが、サルヴィーニ氏は党名を変更すると同時に非難の矛先をアフリカや中東からの難民・移民に向けた。
イタリアの問題は今や南部イタリアの貧民ではなく、それよりもさらに貧しく且つ「危険な」難民・移民だと主張して、自らの排外差別主義を正当化していったのである。
ベルルスコーニの思惑
「同盟」は右派連合の中では選挙前、ベルルスコーニ元首相率いる「フォルツァ・イタリア」党に次ぐ第2党になると見られていた。ところが蓋を開けてみると「フォルツァ・イタリア」党を抑えて最大勢力になった。
これを受けて右派連合を主導してきたベルルスコーニ元首相は、同会派の首相候補としてサルヴィーニ氏を支持する、といち早く宣言。情勢ががらりと変わった。
盟約を結んではいるものの、元首相とサルヴィーニ氏との間には、例えば前者がEU支持派であるのに対して後者が強い「反EU」の立場を堅持するなど、政策や主張にへだたりがあり、状況によっては選挙後に両者が袂を分かつとも考えられていた。
その場合には元首相は、政権与党の「民主党」と連立政権を樹立する可能性が高いと見られていた。事実選挙前には、ベルルスコーニ元首相とレンツィ民主党党首が秘密裡に会談した、などの噂も流れた。
ところが元首相は、「同盟」が「フォルツァ・イタリア」党を上回る議席を得たことが明らかになると、前述のようにあっさりと身を引いて、サルヴィーニ氏による政権樹立の取り組みを支援する側に回った。
これによって、右派連合のうちの最大勢力「同盟」と、単独政党としては同じく最大勢力となった「五つ星運動」のそれぞれの指導者が、首相候補となって政権樹立に向けた工作を始めることが決定的になった。
連立の組み合わせ
右派連合は、「同盟」の約18%と「フォルツァ・イタリア」の約13%を含む全体の37%の支持を集め、「五つ星運動」は政党単独で約32%の支持を得た。だがどちらも単独過半数には遠く、誰かと連立を組まなければ政権樹立はできない。
最も自然な流れは右派連合を主導する「同盟」と「五つ星運動」による連立だ。彼らには政策上の最大の共通点がある。すなわちEU懐疑派で同時に移民が嫌い、というスタンスだ。「五つ星運動」のディマイオ氏は選挙戦略として「親EUのポーズ」を取ったが、同党の正体は飽くまでも「反EU」である。
ディマイオ氏とサルヴィーニ氏が共闘すれば、大衆迎合主義の大連立政権が発足することになる。しかし、サルヴィーニ氏は「五つ星運動」との連立の可能性を即座に否定した。
選挙で最大の支持を集めたディマイオ氏と手を結んだ場合、サルヴィーニ氏自身が首相になるチャンスが遠のく、というシナリオを嫌ったのではないかと考えられる。
「五つ星運動」の側にも「同盟」との連立を避けたい理由がある。一つはディマイオ氏が「反EU」の姿勢を弱めながら、腐敗勢力でイタリア経済の没落を招いた張本人、と罵倒し続けてきた既成政党側に歩み寄ったことである。
また「五つ星運動」が、イタリア南部の支持者に大きく依存していることも彼らが手を組む妨げになる。「同盟」は党名を変更したり、南部イタリアへの敵愾心を隠したりしているが、南部イタリア人の「同盟」に対する不信感は根深い。
「反EU政権」誕生の可能性
そうした障害を克服して、もしも「五つ星運動」と「同盟」が連立を組んだ場合には、反体制の「ポピュリスト政党連合」が上下両院を制することになる。それは強烈な「反EU政権」の誕生を意味する。
「五つ星運動」はディマイオ体制になって「親EU」のポーズを取ることが多くなっているが、彼らは根っからのEU懐疑派であり、格差是正を訴えて財政支出を最大限に広げようとするなど、イタリアの財政健全化を強く求めるEUにとっては最悪の相手だ。
また「同盟」は反移民と反EUを公然と掲げる極右政党である。彼らはフランスの国民戦線やオランダの極右自由党などとの提携を希求し、米トランプ大統領とロシアのプーチン大統領を賞賛して止まない。それらもEUが忌み嫌う姿である。
片や「五つ星運動」の創始者であるコメディアンのベッペ・グリッロ氏も、米トランプ大統領とロシアのプーチン大統領の信奉者。「五つ星運動」は自らを「左派でも右派でもない存在」と規定するが、「同盟」に良く似た「トランプ主義政党」という顔も持っている。
「五つ星運動」はネット投票で党の政策や運営を決定するなどの画期的な仕組みを構築して支持を広げてきた。ポピュリストであると同時に「右派の顔と左派の胴体と無政府主義者の脳味噌」を持つ生き物、とも形容される。
最近同党の指導者となった31歳のディマイオ氏は、グリッロ氏の過激主義を排して「普通の政党」への脱皮を試みているが、多くの国民にとっては「五つ星運動」は、依然として「ぬえ的」な印象を持つ正体不明の急進的政党でもあり続けている。
堕ちた民主党の役割
多くの共通点を持ちながら「五つ星運動」と「同盟」が連立を組まない場合は、選挙で大敗を喫した前政権与党の「民主党」がキングメーカーとして重要な役割を担う可能性がある。
どの政党もまた会派も過半数を獲得できない袋小路を抜け出す道は、「五つ星運動」と「民主党」の連立、という見方は根強い。それもまた「同盟」と「五つ星運動」が提携する形と同様に、自然の流れと見ることもできる。
ディマイオ氏がグリッロ路線の軌道修正を試みていることで、「五つ星運動」と「民主党」の間のEU政策や難民・移民ポリシー、また福祉や税制などに関する立場はきわめて似通ってきた。
「民主党」は、「五つ星運動」ともまた同盟主導の右派連合とも連立を構築することができる。だが彼らはできれば、反EUと排外差別主義に固まった「同盟ではなく、「五つ星運動」と連立を組んだ方が賢明だと思う。
そうすることで「民主党」は、「五つ星運動」と「同盟」が連立政権を樹立する道を阻むことができる。「民主党」はポピュリズム勢力が手を握る最悪のシナリオに待ったを掛けるべきだ。
「民主党」にとっては、それは能動的な政策立案と実施が可能な政権参加ではなく、連立相手の「思いのままの政策」を抑制するだけが目的の、受動的なものである。
それでも「民主党」はイタリアの極右化やポピュリズムの暴走を防ぐために、身を挺して連立政権樹立を目指すべきだ。
内部分裂を繰り返して支持者にそっぽを向かれ、挙句にはイタリアにポピュリストやトランプ主義者がはびこる事態を招いた責任の一端、いや責任の大半は、彼らにあるのだから。
イタリア式民主主義が行く
連立政権の組み合わせは現時点では誰にも読めず、また将来も政権樹立の瞬間までいくらでも紆余曲折がある、という意味で「組み合わせが無数にある」と形容してもあながち間違いではないだろう。
親EUで移民政策でも穏健な立場を取る「民主党」が参加する政権から、「五つ星運動」と「同盟」の勝者のどちらかが少数政党と組む政権、あるいは「五つ星運動」と「同盟」が連立を組む悪夢の組み合わせまで、多岐に渡る。
それどころか、政党間の対立と牽制が嵩じていつまでも政権が発足できず、大統領の裁量で繋ぎのための実務者内閣が作られたり、とどの詰まりには再選挙が実施されるかもしれない。
イタリア政治の最大で最良の特徴は「多様性」である。それは「混乱」や「不安定」と表裏一体のコンセプトだ。そして混乱や不安定の克服に欠かせないのが「話し合い」である。
政権樹立を目指す各勢力はここから嘘と裏切りと化かし合いと足の引っ張り合いの、且つ「対話」と「妥協」が満載の駆け引きを繰り出していくだろう。それがイタリア政治の王道である。
イタリアの政治は常にそういう風にして成り立ってきた。イタリアの政治混乱は混乱ではない。それは多様性の尊重故に生まれる、混乱という名の「イタリア的な秩序」であり「政治の常態」である。
今回の総選挙を経て、イタリアの政治地図はがらりと描き換えられた。プレーヤーも環境も勢力分布も、何もかもが変わった。あらゆる要素が最早依然と同じではない。
同時に多くの政党と主張が入り乱れて政治が動く“「多様性」に満ちた状況の顕現”という意味では、イタリアの政治環境は十年一日の如く変わらない、ともまた言えるのである。