
ベルルスコーニさんを少しオチョくる記事を書いている間にも、イタリアの政治状況はめまぐるしく動いている。動いているがなにも決まらず、日に日に混迷の度合いが深まっているようにさえ見える。何度も指摘してきた通りそうした状況は、いつもの「イタリア的政治秩序」だと僕は考える。
3月4日に投開票が行われたイタリア総選挙では、37%の支持を得た右派連合と32%の支持率で単独政党としてはトップの「五つ星運動」が勝者だが、両者共に過半数に達しないため選挙で大敗した政権与党の民主党が、新政権樹立の鍵を握りかねない事態になっている。
連立政権の組み合わせは(1)右派連合と五つ星運動、(2)右派連合と民主党、(3)五つ星運動と民主党などだが、民主党は新政権入りを拒否すると表明しているため、今のところは選択肢は(1)の右派連合と五つ星運動の組み合わせしかない。
しかし、右派連合のうちのベルルスコーニ元首相が率いるFI(フォルツァ・イタリア)党は、五つ星運動とは犬猿の仲で、同党との連携を否定。元首相は、右派連合を主導する「同盟」が五つ星運動と手を組むなら、連合を脱退するとまで警告した。
だが民主党の下野宣言やベルルスコーニ元首相の警告は、本音交じりの「政治的駆け引き」と見るべきだろう。例え今現在は本音でも、政党間での交渉や妥協や折衝や化かし合いが進行するうちに、そうした言動は取引の材料に変わることも多い。
政権樹立に向けての右派連合内の2党と五つ星運動、また民主党の心理戦は、政策や理念や方針や綱領や哲学の競合ではなく、支持者に見えないところで裏取引や談合や密約を交わしつつ、誰もが自らの利を求めて暗躍する
「政局」にすぎない。
混沌とした探り合いが進行する中、上下両院議長を選ぶための新議会が一昨日(3月23日)召集された。両院議長の選出は政権樹立と直接つながるものではない。が、投票が繰り返される過程で、政党間の真の連携や離反が明らかになっていく重要な機会である。
上院議長選挙の投票は4回に渡って行われる。また下院議長選は、勝者が出るまで無制限に投票が繰り返される決まりだが、両院共に議会2日目に決着がついた。決定的な勝者が出なかった総選挙から考えて、両院議長選びも長引くと見られていたから、想定外の展開である。
上院は右派連合のFI党所属の女性議員 カゼラッティ氏(Casellati)、また下院は五つ星運動の フィーコ (Fico)氏が選出された。この結果は事前に予測されたように、五つ星運動と右派連合内の同盟との間に巧妙な駆け引き、また密約があったことを示している。
それに先立って、議会初日には右派連合内で早くもいがみ合いがあった。同盟がFI党との約束を無視して、独自に議長候補を指名したのだ。激怒したFI党首のベルルスコーニ元首相は、同盟党首のサルヴィーニ氏を「敵対者」と罵倒した。
それらの動きを素直に読めば、同盟のサルヴィーニ氏がベルルスコーニ氏を見限って、選挙最大勝者の五つ星運動と水面下で本格的に手を結び始めた、ということだ。しかし、真相はわからない。「混乱が秩序」であるイタリア政治を別言葉で表現すれば、「何でもあり」ということでもあるからだ。
政権合意まではまだまだ遠い道のりだろう。だが新議会の初日に早くも「ポピュリスト政党連合」とも形容できる、五つ星運動と同盟の連立の可能性を示唆する事態が露見したのは、興味深い。実現すればそれは、EU(欧州連合)にとって最も厳しい政権になることが確実である。
五つ星運動は既成利権や不正を厳しく指弾するすばらしい理念を持つが、「反EU(欧州連合)」を旗印に多くの非現実的な政策も主張している。また右派連合の勝者である同盟は、反EUと反移民が金看板の極右勢力。どちらもEUが嫌う政治集団なのである。
EUはBrexit(英国のEU離脱)や移民問題などで内部分裂の危機にある。ここでEU結成の中核メンバーであるイタリアに強い「反EU政権」が誕生すれば、屋台骨が揺らぎかねない。しかし、前述のようにイタリアの政治は混乱と不安定が常道である。今後も二転三転どころか、十転も二十転もあり得る。
五つ星運動と同盟のどちらかがふいに民主党と組んだり、同盟に反発したベルルスコーニ元首相が豹変して、自らの党との共通点も少なくない民主党を巻き込みながら、敵対している五つ星運動と連携することさえ起こり得る。
もっと目覚しいことがあるかもしれない。つまり今は「極論主義者」的傾向が強い五つ星運動と同盟が、それぞれ穏健路線に舵を切るケースだ。事実、五つ星運動の首相候補ディマイオ氏は、同党を「普通の党」にする意思を選挙前から明確にしている。
片や同盟の首相候補サルヴィーニ氏も、「一方的なユーロ離脱は選択肢ではない」と発言するなど、急激な「反EU政策」は取らないと示唆して、国民とEUの不信感を和らげる言動をし始めている。希望がないわけではないのである。
五つ星運動と同盟は、米トランプ主義や英国の「反EU勢力」、あるいはフランスの国民戦線やドイツの極右政党などと共に、「ポピュリズム」とひとくくりにされて語られることが多い。僕自身もそういう見方だ。
だがイタリアのポピュリズム勢力は、国内の政治勢力の総体が四分五裂されているために一方的で巨大な流れにはなりにくく、またその中身も変わりやすいように見える。前述の五つ星運動と同盟の変節などがその表れの一つだ。それはイタリア政界の多様性のたま物である。
ともあれ両院議長が選出されて、議会内の政党グループの構成がある程度見えてきた。それを受けて、政権合意を念頭に各政党幹部とマタレッラ大統領との協議が間もなく始まる。大統領が政権樹立への合意形成を目指して、政党間の調整役になり話し合いを進めるのである。
協議期間は無期限である。すぐに合意形成にいたらない場合は繰り返し開催され、何週間も、へたをすると何ヶ月もかかる可能性がある。例えば2013年の総選挙では政権合意までに40日もの時間を要した。イタリア共和国はその間政府が存在しない状態になる。それもまたイタリアの「いつもの政治状況」なのだ。
また政権合意に至らないケースも十分にありうる。その場合はマタレッラ大統領が各政党からの支持を取り付けて、挙国一致のテクノクラート(実務者)内閣の成立を模索することになるだろう。そしてそれもかなわなかった時には、再び総選挙が行われる以外に道筋はない。