ロシア系切り取り言わずと知れた九段北の


先ごろ亡くなった島倉千代子が歌う、母を連れて戦死した兄を靖国神社に偲ぶ名歌、「東京だョおっ母さん」を聞くたびに僕は泣く。言葉の遊びではなく、東京での学生時代の出来事を思い出し、文字通り涙ぐむのである。そんな折に僕は、お千代さんの泣き節の切ない優しさに包まれながら、祖国から遠く離れた異国の地にいる自分の境遇や、演歌に感じ入る年齢になった自らの行く末をも思う。それは純粋に感傷の世界である。

僕は20歳を過ぎたばかりの学生時代に、今は亡き母と2人で靖国神社に参拝した。僕の靖国とは第一に母の記憶だ。そして母の靖国神社とは、ごく普通に「国に殉じた人々の霊魂が眠る神聖な場所」である。母の心の中には、戦犯も分祀も合祀も長州独裁も明治政府の欺瞞も、つまり靖国神社の成り立ちとその後の歴史や汚れた政治に関わる一切の知識も、従って感情もなかった。母は純粋に靖国神社を尊崇していた。

僕の母は沖縄で生まれ、育ち、そして沖縄の地で死んだ。母は90余年の生涯を、国家と夫によるあらゆる横暴や理不尽にじっと耐えて生きた。母の不幸は沖縄の不幸に重なる。だから僕はそれが何者によるものであろうが、またいかなる形ででもあろうが、沖縄への狼藉や理不尽を許さない。それは僕の母への侮辱と同じことでもあるからだ。

一方、僕には「天皇」のひと言でいつも直立不動になる軍国の申し子の父がいる。国家には忠実で妻には見高だった父は、100歳に至って何も分からなくなったが、今日もまだ生きている。父には沖縄を切り捨てた昭和天皇への怨みはないのだろうか。また母には、天皇とその周辺には卑屈なほどに従順で、妻には横柄だった夫への怒りはなかったのだろうか、と僕はよく自問自答する。

血肉の奥まで軍国思想に染まっている父には天皇への反感はかけらほどもない。「恍惚の人」になる直前まで彼は天皇の従僕だった。母もまた天皇の子供だった。しかし母の中には父への怒りや怨みがあったと思う。母の言葉の端々にそれは感じられたのだ。母には伝統への反逆法と、伝統によって阻まれている経済的自立の方策が皆無だった。だから彼女は耐え続けた。全ての「伝統的な」母たちがそうであるように。

男の無道に耐える女性たちの悲劇は、経済的自立が成就されたときにほぼ確実に消える。夫に「養ってもらう」窮屈や屈辱からの解放がすなわち女性の解放だ。母の次の世代の母たちはそのことに気づいて闘い、その次の若い母たちの多くはついに経済的に自立し解放されつつある。女性たちの自主独立志向は欧米に始まり日本でも拡散し、さらに勢いを得て広がり続けている。

閑話休題

「東京だョおっ母さん」で
♫優しかった兄さんが 桜の下でさぞかし待つだろうおっ母さん あれが あれが九段坂 逢ったら泣くでしょ 兄さんも♫
と切なく讃えられる優しかった兄さんは、戦場では殺人鬼であり征服地の人々を苦しめる悪魔だった。日本男児の2面性である。

僕は歌を聞いて涙すると同時に、「壊れた日本人」の残虐性をも思わずにはいられない。だが彼らは「壊れた」のではない。国によって「壊された」のだった。優しい心を壊された彼らは、戦場で悪鬼になった。敵を殺すだけではなく戦場や征服地の住民を殺し蹂躙し貶めた。

「東京だョおっ母さん」ではその暗部が語られていない。そこには壊れる前の優しい兄さんだけがいる。歌を聴くときはそれがいつも僕をほろりとさせる。優しい兄さんに靖国で付き添った母の記憶が重なるからである。だが涙をぬぐったあとでは、僕の理性がいつもハタと目覚める。戦死した優しい兄さんは間違いなく優しい。同時に彼は凶暴な兵士でもあったのだ。

凶暴であることは兵士の義務だ。戦場では相手を殺す残虐な人間でなければ殺される。殺されたら負けだ。従って勝つために全ての兵士は凶暴にならなければならない。だが旧日本軍の兵士は、義務ではなく体質的本能的に凶暴残虐な者が多かったフシがある。彼らは戦場で狂おしく走って鬼になった。「人間として壊れた」彼らは、そのことを総括せずに戦後を生き続け、多くが死んでいこうとしている。僕の父のように。

日本人の中にある極めて優しい穏やかな性格と、それとは正反対の獣性むき出しの荒々しい体質。どちらも日本人の本性である。凶暴、残虐、勇猛等々はツワモノの、つまりサムライの性質。だがサムライは同時に「慎み」も持ち合わせていた。それを履き違えて、「慎み」をきれいさっぱり忘れたのが、無知で残忍な旧日本帝国の百姓兵士だった。

百姓兵の勇猛は、ヤクザの蛮勇や国粋主義者の排他差別思想や極右の野蛮な咆哮などと同根の、いつまでも残る戦争の負の遺産であり、アジア、特に中国韓国北朝鮮の人々が繰り返し糾弾する日本の過去そのものだ。アジアだけではない。日本と戦った欧米の人々の記憶の中にもなまなましく残る歴史事実。それを忘れて日本人が歴史修正主義に向かう時、人々は古くて常に新しいその記憶を刺激されて憤るのである。

百姓兵に欠如していた日本人のもう一つの真実、つまり温厚さは、侍の「慎み」に通ずるものであり、優しい兄さんを育む土壌である。それは世界の普遍的なコンセプトでもある。戦場での残虐非道な兵士が、家庭では優しい兄であり父であることは、どこの国のどんな民族にも当てはまるありふれた図式だ。しかし日本人の場合はその落差が激し過ぎる。「うち」と「そと」の顔があまりにも違い過ぎるのである。

その落差は日本人が日本国内だけに留まっている間は問題ではなかった。凶暴さも温厚さも同じ日本人に向かって表出されるものだったからだ。ところが戦争を通してそこに外国人が入ったときに問題が起こった。土着思想しか持ち合わせない多くの旧帝国軍人は、他民族を「同じ人間と見なす人間性」に欠け、他民族を殺戮することだけに全身全霊を傾ける非人間的な暴徒集団の構成員だった。

そしてもっと重大な問題は、戦後日本がそのことを総括し子供達に過ちを充分に教えてこなかった点だ。かつては兄や父であった彼らの祖父や大叔父たちが、壊れた人間でもあったことを若者達が知らずにいることが重大なのである。なぜなら知らない者たちはまた同じ過ちを犯す可能性が高まるからだ。

日本の豊かさに包まれて、今は「草食系男子」などと呼ばれる優しい若者達の中にも、日本人である限り日本人の獣性が密かに宿っている。時間の流れが変わり、日本が難しい局面に陥った時に、隠されていた獣性が噴出するかもしれない。いや、噴出しようとする日が必ずやって来る。

その時に理性を持って行動するためには、自らの中にある荒々しいものを知っておかなければならない。知っていればそれを抑制することが可能になる。われわれの父や祖父たちが、戦争で犯した過ちや犯罪を次世代の子供達にしっかりと教えることの意味は、まさにそこにある。

靖国にいるのは壊れた人々の安んじた魂である。それは安らかにそこにいなければならない。同時に生きているわれわれは、彼らが壊れた事実と彼らを「壊した」者らの記憶を失くしてはならない。靖国に眠る「壊された」人々の魂が、安んじたままでいるためには、「壊した」者らを封じ込めるしか手はない。なぜなら戦争はいつも「壊した」者らの卑劣によって引き起こされるものだからである。

島倉千代子の「東京だョおっ母さん」を聞く度に僕は泣かされる。母を思って心が温まる。その母は「壊された弱い人々を思いなさい」と僕に言う。母の教育はいつもそういうものだったのだ。だが、僕は母の教えをかみしめながら、「壊した」者らへの憎しみも温存し彼らへの返礼をも思う。歌手の優しい泣き節は、僕のその荒々しい心を鎮めようとする。

するとすさんだ心は静まる。島倉千代子の歌唱力のすごさが凶悪な物思いを鎮めるのである。だが僕は歌を聴いたあとに必ず、密かに、「壊した」者らへの敵愾心をなお育み、拡大させようと心に誓う。島倉千代子の「東京だョおっ母さん」を聞く度に僕は泣かされる。泣きながら、男たちを壊した力、すなわち日本を破壊し、沖縄を貶め、従って母を侮辱する力への抵抗と弾劾を改めて決意するのである。

facebook:masanorinakasone