野卑salvini



成り立ち

イタリアのポピュリスト政権内で、マッテオ・サルヴィーニ副首相兼内相の存在感が日増しに大きくなっている。彼の地位は連立を組む五つ星運動党首のルイジ・ディマイオ副首相兼労働相と同格だが、今や事実上の宰相と呼んでも過言ではないほどに影響力が強い。

新政権のリーダーは、サルヴィーニ、ディマイオ両副首相の上にいるジュゼッペ・コンテ首相である。五つ星運動寄りのコンテ首相は、しかし、国民的人気は高いものの、政権運営上はただの操り人形で、実権力を掌握しているのは連立2党党首のサルヴィーニ、ディマイオ両副首相である。

五つ星運動と同盟を率いる両者は、ことし3月の総選挙で、単独政党と政党連合という違いはあったものの、ほぼ拮抗した支持率を得た。その後お互いが首相の座に就くことをけん制しつつ連立政権を樹立し、その打算の仕上げとして政治的には全く無名の法学者・ジュゼッペ・コンテ氏を首相に据えて政権を船出させた。

その当時は、サルヴィーニ、ディマイオの両副首相はほぼ同じ程度の力か、もしくはほんの少しディマイオ副首相兼労働相の権力が上回っていると見られた。後者は単独政党としては最も多くの支持を集めた五つ星運動の党首であり、サルヴィーニ副首相兼内相は、単独政党としては第3党に終わった同盟の党首だからだ。

それに加えて、サルヴィーニ、ディマイオの両氏が、相手が首相になることを怖れてけん制し合った結果、ジュセッペ・コンテ氏を首班に推すことで妥協した。そのコンテ氏は党員ではないものの五つ星運動に近い人物である。その事実もディマイオ氏が政権内の権力争いで優位に立っていることを匂わせた。

両雄並び立たず

ところがその構図は政権が動き出すとほぼ同時に逆転し、サルヴィーニ副首相兼内相の存在感が突出し始めた。彼は政権発足翌日の6月2日、アフリカの国の中ではイタリアに最も近いチュニジアが「移民という名の犯罪者をイタリアに輸出している」と公に非難して、外交問題を引き起こした。それは恐らく意図的に成された。確信犯的な動きだったのだ。

その10日後、サルヴィーニ副首相兼内相は、難民629名を乗せた移民船『アクアリウス』のイタリアへの入港を拒否する命令を出した。『アクアリウス』はイタリアの隣国のマルタ島に向かったものの、マルタ共和国政府もイタリアに協調して同船を受け入れず、船は地中海で孤立無援になった。

その後『アクアリウス』はスペインのバレンシア港に受け入れられたが、この出来事を巡ってフランスのマクロン大統領が「無責任な対応」とイタリアを批判した。これには「マクロン発言は偽善的」とコンテ首相が反論。入港拒否命令を出したサルヴィーニ内相はさらに、マクロン大統領の謝罪を要求するとして一歩も譲らず、同大統領は数日後「イタリアとイタリア国民に不快感を与えた」ことをしぶしぶ認め謝罪する羽目になった。

サルヴィーニ副首相兼内相は以来、移民政策ではかねてからの主張を実践する形で強硬な「移民排撃」行為や発言を連発。同時にフランスやドイツはもとよりEU(欧州連合)内の移民寛容国を厳しく批判し続けている。彼の動きは難民・移民の流入に不安感を抱く多くのイタリア国民と隣国のオーストリア、またハンガリーを始めとする反移民の中東欧国などから強い支持を受けている。

反移民強硬策を「ぶれることなく」押し進めるサルヴィーニ副首相兼内相は、イタリア国民の少なくとも半数以上が抱いてきた、民主党前政権とEUの移民政策への不満を代弁する形でたちまち力をつけ、肩書き上は同格のディマイオ副首相や政権の木偶 に過ぎないコンテ首相を抑えて、今やポピュリスト政権内で主導権を握りつつあるのだ。

失敗したポピュリスト潰し

ポピュリスト政権誕生のいきさつは実に皮肉で奇怪なものだった。先ずことし3月の総選挙に向けて2017年、政権与党の民主党を含む五つ星運動以外の全ての勢力が合意して、政党連合を組んで選挙戦を闘うことができる、という選挙法を成立させた。

これは当時、破竹の勢いで支持をのばしていた五つ星運動が政権を取ることを恐れた民主党や、ベルルスコーニ元首相派などが先導して、法改正をしたもの。五つ星運動が他党との連立をかたくなに拒否しているのを見越して、同党がたとえ第一党にはなっても政権入りができない形で孤立させようとする、露骨ないやがらせ法案だった。

いわばその法案が功を奏する形で、総選挙では元首相のFI(フォルツァ・イタリア)党と同盟などが手を組む中道右派連合が37%を獲得、勝利した。単独で闘った五つ星運動は予測通りに32%余りの支持を得て政党としては第一党になった。だが両者ともに過半数制覇には至らなかった。

五つ星運動と中道右派連合は連立を拒否。それぞれが左派連合との協力を模索したり、五つ星運動が中道右派連合にベルルスコーニ元首相を排除して連立政権を樹立しよう、と持ちかけて拒否されるなどした。二転三転の攻防を経て、最終的に五つ星運動と極右政党の同盟が手を組び、まさかのポピュリト政権が誕生したのである。

なにがなんでも五つ星運動の政権獲得を阻止しようとした既成政党や政治勢力の暗躍が、逆に五つ星運動を政権の一角に押し上げた。同時に、欧州においては政権中枢に座ることはあり得ない、と考えられていた極右政党の一つの同盟が、ものの見事に政権入りを果たし、既述のように政権発足と同時に党首のサルヴィーニ副首相兼内相が、政権の舵を握るほどの影響力を持つに至った。

トランプ崇拝者

存在感を極端に強めている同盟のサルヴィーニ党首は、反EUが旗印のトランプ崇拝者である。彼は2016年の米大統領選挙時にトランプ陣営を訪問し、トランプ候補と並んで取った写真を得意気にSNS発信したばかりではなく、トランプ大統領誕生には狂喜して「われわれ同盟も彼に続こう!」と咆哮した。

ところがトランプ大統領は当時、サルヴィーニなんて知らない、と無情な発言。いわばミニ・トランプとも呼ぶべきトランプ崇拝者のサルヴィーニ党首は、大好きな相手に無視される屈辱を味わった。その2年後、サルヴィーニ党首はイタリア政権入りを果たし、あまつさえ首相並みの権力を振るい始めた、というわけである。

バラマキ予算案とEU

サルヴィーニ副首相兼内相は、2019年度のイタリアの国家予算を巡るEUとの攻防でも強い存在感を見せつけている。イタリア新政権は財政赤字の対GDP(国内総生産)比率が2.4%にものぼるバラマキ予算案を発表した。それはEUの財政規律を無視した内容で、イタリアのみならずEU全体の破綻にもつながりかねない、とさえ懸念されている。予算案の見直しを厳しく求めるEUに対して、サルヴィーニ副首相兼内相は、財政支出によって好景気を呼び込み財政赤字も解消していく、と主張して移民政策同様に一歩も譲らない構え。

2018年10月18日現在、イタリア政府は来年度予算案をEU本部に提出してその審査を待っているところである。繰り返しになるがEUはイタリア政府のバラマキ予算案に険しい態度で臨んでいる。借金漬けのイタリアが示した、同国のみならずEU全体の財政危機まで招きかねない、大幅支出増の予算案は、各国に財政健全化を強く求めているEUにはとても受け入れられないものだ。

同時に、バラマキ政策を国民に約束して政権樹立を果たしたイタリアのポピュリスト連立内閣も、財政赤字の対GDP(国内総生産)比率が2.4%の予算案はぎりぎりの妥協線、という主張をガンとして変えない。またEUは現実問題としても、面子という意味でも決して妥協しないだろう。イタリア側が折れない限りおそらくこの問題は解決しないと考えられる。EUに歩み寄らない場合イタリアは、脱ユーロ、やがてはEU離脱に向かって突き進むことにもなりかねない。

だが一方で、最終的にはイタリア側が、「EUに精一杯逆らった」というポーズで穏健な予算案にまとめる可能性もある。イタリアでは政治勢力が四分五裂しているために、過激論は他者を仲間に引き入れようとして「より穏健」に傾く土壌がある。多くの過激論を生むイタリアが、まがりなりにも民主主義体制を維持し続けているのもそれが理由の一つだ。

つまり過激論が乱立することの多いイタリア共和国には、「妥協」という民主主義の本丸・根幹もまた健在なのである。過激論を振り回すポピュリスト政権が、「妥協」の道を選ぶというのは僕のポジショントークであると同時に、極めて現実的な見方でもある。そしてその鍵を握っているのは間違いなくサルヴィーニ副首相兼内相なのである。


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