ギュスターヴ・クールベ《絶望(自画像)》ウイキ800


分水嶺?

世界の反トランプ主義者の旗手、ドイツのメルケル首相が10月29日、与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任すると表明した。直近の二つの州議会選挙で歴史的な大敗を喫した責任を取ったのである。

自国第一主義に凝り固まる米トランプ大統領と対峙するメルケル首相は、昨今は自由世界のリーダーとみなされてきた。首相職は2021年の任期まで続けるが、一つの時代が終わったことを知らせる明確なシグナルが世界に向けて発信された。

ほぼ同時にブラジルで「ブラジルのトランプ」と呼ばれる男が権力を握ることになった。差別と不寛容と憎悪を旗印に選挙戦を戦った極右のジャイル・ボルソナーロ候補が勝利したのだ。欧州の良心の対極にあるトランプ主義者がトップに立つ国が、地球上にはまた一つ増えた

トランプ主義とは

トランプ主義の本家本元のアメリカでトランプ大統領が誕生して以来、世界にはトランプ主義が目に見える形で拡散している。僕が規定するトランプ主義またそれを信奉し実践するトランプ主義者とは次の如くである。

反移民、人種差別、宗教差別などを旗印にして、「差別や憎しみや不寛容や偏見を隠さずに、汚い言葉を使って口に出しても構わない」と考え、そのように行動すること。それらの行為者は「罵詈や雑言も許される」といった悪意あるメッセージを拡散させることに長けている。

付け加えて言えば、欧州に跋扈しつつある排外・差別主義者、日本に多い歴史修正論者や「反ポリコレ主義者」つまりネトウヨ・ヘイト扇動者、また不寛容志向者や引きこもりの暴力愛好家などもトランプ主義者の一形態である。

トランプ主義者は人類が多くの犠牲と長い時間を費やして獲得した「寛容で自由で且つ差別や偏見のない社会の構築こそ重要」というコンセプトを粉々に砕き、唾棄し、憎悪や分断や差別や偏見をもってそれに差し替えることをいとわない。

米国以外の国々、特に欧州ではトランプ主義者が政権を取ることは難しいと見られていた。ところがイタリアにトランプ主義者でポピュリストの連立政権が発足したことによって、状況ががらりと変わった。

そんな折に、冒頭で言及したように反トランプ主義の旗手とみなされていたドイツのメルケル首相の失墜が重なり、自由主義社会の分断と衰退が懸念される事態になった。その懸念はブラジルにあらたなトランプ主義政権が誕生することによって脅威に変わった。

トランプ大統領の誕生が不可能と考えられた2016年までの世界の「常識」が、まさにトランプ大統領の出現によって完全に覆されたように、欧州でも世界でもトランプ主義者の跋扈は普通の事態になりあつつある。

欧州のトランプ主義者

欧州でその状況が最近もっとも明確に顕現したのが、既述のイタリアのポピュリスト政権誕生だ。反体制政党の五つ星運動と極右政党の同盟が連立を組むイタリアの現政権内では、同盟の党首であるサルヴィーニ(副首相兼)内相が強いリーダーシップを発揮し始めた。

サルヴィーニ内相は、連立を組む五つ星運動・党首のディマイオ(副首相兼)労働相と権力を2分して、彼らの操り人形であるコンテ首相を支えるポーズで実権力を行使すると考えられていた。

ところがサルヴィーニ内相は、政権船出と同時に内相としての権限を最大限に活かして強烈な反移民政策を実行に移し、またたく間に彼が権力を掌握した形で政権が運営されている。

サルヴィーニ内相は、フランスの国民連合党首・ルペン氏を始めとする欧州の極右勢力との連携を強めている。同内相は極右政党・同盟の党首であると同時に、米トランプ大統領を賞賛し追尾する、過激な反EU・反移民主義者でもある。

僕はトランプ主義に親和的な政治家、という意味で彼をイタリアの「ミニ・トランプ」と規定しているが、それはサルヴィーニ氏がトランプ大統領と比較して人間的にまた政治家として器が小さい、という意味では断じてない。

サルヴィーニ内相はトランプ大統領と対等な「トランプ主義者」だが、世界に与える影響力はトランプ大統領のそれには遥かに及ばない、という意味で僕は
「ミニ・トランプ」と呼ぶのである。それはこれから述べる世界中の全ての「ミニ・トランプ」指導者にも当てはまる。

世界のミニ・トランプ

それらの指導者とは次の人々であり政党である。

1.政権を掌握または政権入りを果たしたミニ・トランプ:
オーストリア自由党のシュトラーヒェ党首、ハンガリーのオルバン首相、トルコのエルドアン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、など。

2.選挙を経ずに権力を独占しているミニ・トランプ:
例えばムハンマド皇太子率いるサウジ王族、イランの最高指導者・ハメネイ師と周辺 。形だけの選挙で独裁政権を維持しているシリアのアサド大統領などもそのうちの一人と考えていいだろう。

3.政権掌握はしていないが、強烈なイメージを持つミニ・トランプ:
フランスのルペン氏、オランダ自由党のウィルダース氏、英国独立党のナイジェル・ファラージ氏 など。また政党で言えばオーストリア自由党、ギリシャ黄金の夜明け、東欧各国のナショナリストなどがミニ・トランプに分類される。

それらのミニ・トランプ、あるいは極右勢力は、互いに連携することはなく、従って欧州民主主義の良心、つまり自由と寛容と人権重視の精神を破壊する力にまで増大することはない、と僕はかつて間違って考えブログ等に書いたりもした。だが今では彼らは密に連絡を取り合い共闘し、欧州の良心に挑む明確な脅威になりつつある。

フン・トランプ&赤・トランプ

ミニ・トランプでありながら、その正体を表に出さないまま金魚のフンよろしく、米トランプ大統領に忠誠を尽くすことでトランプ主義を称揚している悪質なミニ・トランプ、別名「フン・トランプ」もいる。日本の安倍晋三首相、英のテリーザ・メイ首相などがその典型だ。

なかでも安倍首相はもしかすると、難民と移民と外国人労働者の区別もつかないのではないか、とさえ疑われるほどそれらの問題に無知に見える。それは恐らく島国根性からくる視野狭窄と鈍感のなせる業だが、先進国の指導者として寂しい資質だと言わざるを得ない。

一方英国のテリ-ザ・メイ首相は、欧州の政治家だけにさすがにそれらの事案に無知、無関心ではありえない。むしろ積極的に反移民政策に軸足を移し、その点だけを見れば彼女が密かに憧れているらしいかつてのマーガレット・サッチャー首相に似ていなくもない。

だがメイ首相は、将来のBrexit後の試練も見据えてのことなのか、トランプ大統領に批判精神も無しに近づき追従する。イタリア語で「ケツ舐め(lecca culo)外交」と形容されるその卑屈な姿勢は、誇り高き民主主義大国・英国の首相とはとても思えない。トランプ主義に無批判な安倍晋三首相となんら変わるところはないのである。

それらの「自由主義圏」の「ミニ・トランプ」や「フン・トランプ」に負けずとも劣らない勢いを示しているのが、似非自由主義の一党独裁国家、中国とロシアと北朝鮮だ。僕はそれらの国の指導者である習近平主席とプーチン大統領と金委員長をまとめて「赤・トランプ」と呼んでいる。

トランプ主義と米中間選挙

地球上にはそのようにトランプ主義の悪意に染まった国家と指導者が次々に誕生している。彼らが国益追求に名を借りて、エゴイズムを剥き出しにそれぞれが勝手な主張をするだけの状況になれば、世界には確実に対立が増え、分断と憎しみが充満するだろう。

トランプ主義の本家のアメリカでは、トランプ主義の行く末を決定する可能性が高い中間選挙が間もなく行われる。そこでトランプ大統領が率いる共和党が上下両院を制すれば、トランプ主義はさらに勢いを増し、世界のミニ、赤、フンの3トランプ主義もまた盛ることになるだろう。

選挙予測では共和党が上院を制し、下院は反トランプ主義の民主党が有利とされてきた。しかし、選挙戦終盤の現在はトランプ大統領への支持率が高まって、あるいは下院も共和党が勝つのではないか、という分析さえ出回っている。たとえ下院で敗れても、僅差の負けであればトランプ主義は恐らく萎縮することはない。萎縮どころか2020年の大統領選挙を目指して跳梁跋扈するのではないか。見通しは少しも明るくないのである。




facebook:masanorinakasone