大EU旗に小イタリア旗重なってはためく


11月24日、イタリアのコンテ首相と欧州委員会のユンケル委員長は予算案をめぐって協議した。以後、2019年度のイタリア予算案に関する同国とEUの軋轢はどうやら緩和されつつある。

首相と委員長は、互いの見解の相違を埋めるためにイタリアとEUが作業を続け対話を絶やさないことで合意。結果、イタリアとEU双方が鋭く対立していた空気がにわかに和らいだ。そこにはイタリアポピュリスト政権の譲歩がある。

イタリア政府の実質上の首班であるディマイオ及びサルヴィーニの両副首相は、彼らの主張する政策が予算案に盛り込まれる限り、GDP比率2,4%とした財政赤字目標を引き下げても構わない、とそれぞれ述べた。

望ましい方向に事態が動き出したのは、温和な手法と物腰で国民的人気を集めつつあるコンテ首相の手柄だが、いうまでもなくその背景には極論主義者である政権党の五つ星運動と同盟の軟化がある。

イタリアの過激論は国内の政治勢力が四分五裂している分、反対勢力を取り込もうとして過激派がより穏健派へとシフトする、というのが僕の持論である。

過激論者あるいは極論者の五つ星運動と同盟が先鋭な主張を和らげたのは、EUからの強い批判と修正圧力に加えて、イタリア独特のその政治風土が影響したと考えるべきだ。

連立政権を組む両者は、ひと口で説明すれば極左と極右のポピュリスト政党、というくくりが該当する組織であることに変わりはない。しかし、彼らの主張の全てが悪だとは僕は考えない

五つ星運動の看板政策のうち、一律一月あたり10万円余の現金を貧困層にバラまく(ベーシックインカム保障)という主張は、常軌を逸した愚策である。

イタリア政府にはそんな財源の余裕はなく、なによりも10万円余りもの現金を受け取る国民の多くは、働く気をなくしてますます失業者が増えるのが目に見えているからだ。

社会の分断と格差が開いて貧困にあえぐ人々が増大している。それらのうち真に生存の危機にさらされている人々は言うまでもなく救済されなければならない。

だが膨大な数の国民に現金を配るとする五つ星運動の施策は、国の援助や保障を「当然」と考える傾向が強い国民性を考えた場合、とても正当な策には見えない。人々は悪知恵を絞って無償の金を激しく希求するだろう。

特にイタリア南部に巣食う犯罪組織の存在も不安を掻き立てる。マフィア、カモラ、ンドランゲッタなどの犯罪グループは、あの手この手を使って政府支出の公的資金を食い尽くそうとしのぎを削るに違いない。

犯罪組織の被害に遭うのは、政府が救いたいとする貧困層の人々そのものである。悪のシンジケ-トは、あらゆる局面でそうであるように、弱者を食い物にして肥え太る。ベーシックインカムの数兆円の多くが、彼らの懐に納まるのは既定の路線、と断じても過言ではない。

だが五つ星運動は、弱者に寄り添う姿勢の延長で、特権にどっぷりと浸っている国会議員の給与や年金を削る、とする良策も推進している。

またベルルスコーニ元首相に代表される腐敗政治家や政党を厳しく断罪することも忘れない。6月の連立政権発足にあたっては、連立相手の同盟にベルルスコーニ氏を排除しろ、と迫って決して譲ることがなかった。

一方同盟は、反移民を旗印にする排外差別主義政党である。アメリカのトランプ大統領を賛美し、フランスの極右政党国民連合を始めとする欧州の極右政党と連携を強めている。

彼らは個人事業者を中心とするイタリア北部の富裕層の支持を背景に勢力を拡大した。本来は五つ星運動の基幹政策であるベーシックインカム保障策には真っ向から反対の立場だが、連立協議の中でしぶしぶ受け入れた。

その代わりに彼らは一律15%の所得税導入を声高に叫ぶと同時に、五つ星運動に同調して年金給付年齢の引き下げも主張。彼らもバラマキ政策が十八番なのである。

同盟の施策の中で唯一賛同できるのは、自己防衛の厳格化だ。イタリアでは外国人による凶悪犯罪が増えている。いうまでもなくイタリア人犯罪者のそれも多い。

強盗に襲われた者が殺害されるケースも増大し、それに従って銃などの武器で反撃する被害者も増えた。ところが被害者の護身行為を過剰防衛として非難する人々もイタリアにはまた多い。

その大半は同盟の右派強硬路線に反対するリベラル勢力である。彼らは強盗に襲われ、殺害されても被害者は黙ってそれを受け入れろ、と主張しているようなものだ。そんな理不尽が許されていいはずがない。

それに対して同盟は、強盗に襲われた被害者の反撃を全て正当防衛と認めろ、と主張している。そうなれば過剰防衛が増大するのは目に見えている。しかし、そもそも他人の家や施設に侵入すること自体が間違っている。

「殺される前に殺す」といえば物騒だが、被害者が自己防衛のために行動を起こすことは止むを得ない状況ではないか。僕はその点では同盟の言い分を支持する。

また彼らが「不法な」難民移民を受け入れない、とする施策にも賛成せざるを得ない。地中海を介してイタリアに流入する難民移民は後を絶たない。

イタリアはほぼ無制限にそれらの人々を入国させ、一部はイタリア自身にまた大半が他のEU諸国に移動し居住する手助けをしてきた。だがそれは財政的にも心理的にも限界に近づいている。

厳しい政策を実施することで、真に困窮している難民や移民までもが排斥される危険が生じる。いや必ずそうなるだろう。残念なことだが、イタリアはいったんその方向に動いて、今後の方策を冷静に固める時期に来ていると思う。

EU信奉者である僕は、五つ星運動と同盟の主張や政策の9割ほどには違和感を持つ。しかし彼らの信条の1割程度にシンパシーを感じるのも事実だ。

そしてその1割程度の主義主張とは、イタリアに「革命的変革」をもたらすほどにインパクトのある政策ばかりだ。EUも重要だが、そのEUとイタリアの強烈な変革もまた必要、と思うのである。

イタリアの予算案をめぐる合意、つまりイタリア側の赤字目標引き下げの具体的な数字とEUの受け入れはまだ先の話で、双方の駆け引きとけん制と化かし合いは依然として止まない。が、とにもかくにも対話が継続されるのは僥倖である。



facebook:masanorinakasone