紅斑拡大600




還暦過ぎの男が突然アレルギーに見舞われた。食物アレルギー「らしい」。まだ正式な検査をしていないので「らしい」と書くが、薬剤師や医師によればおそらく食べ物、それも魚介だろう、という診たてである。

体中に紅斑ができ、顔も真っ赤になり鼻下から顎までの皮膚がかさかさに乾燥するようだった。かゆみや痛みや緊張はそう強くはなかったが、不快感が大きい。

ところが病院で医者にかかるまでもなく、付き合いの長い薬剤師の処方した薬で効果てきめん、症状が目に見えて収まった。そこまでがイタリアでの話。

すっかり良くなって安心して帰国した。薬のあまりの効果抜群ぶりに気を良くして、というのか、妙に自信を得て、東京でも帰郷先の沖縄でもあらゆる料理を普通に食べ続けた。いや、食べまくった。

クリスマスを故郷の島で過ごした夜も魚介類を含む多くの料理を食べた。するとその翌日再び症状が出た。島の診療所で診察を受け、アレルギーの薬を処方してもらった。

しかし今回はあまり薬の効果がなく、顔と上半身に見えるアレルギーの症状が収まらなくなった。それは新年を経て台湾旅行をする間も執拗に出つづけた。台湾では魚介料理を一切食べなかった。

台湾から沖縄に戻り、病院の皮膚科を訪ねて塗り薬を処方してもらった。アレルギーの薬を飲むかたわら皮膚に塗り薬をすりこむと、嘘のように症状がやわらいだ。

イタリアでは飲み薬が効き、日本では塗り薬がてきめんに効果を発揮した。だがそれが何を意味するのかは医師も良くは分からないらしい。イタリアに戻って徹底的に検査をしてもらうつもりでいる。

イタリアでの検査は150種以上の食物へのアレルギー反応を調べると聞いた、と医師に告げると、日本ではそんなに多くの種類の検査はない、と驚いていた。どうやらイタリアのアレルギー医療は悪くないらしい。

帰国前にイタリアで最初の症状が出たとき、実はすぐに検査をすると決めていた。だが日本へ帰る直前だったので、迷わずに先送りにした。

また既述したように症状も薬ですぐに収まったので、検査は日本から戻ってからで構わないと思った。そればかりではなく、病気を少し甘く見てしまったきらいもある。

反省すると同時に、良く言われる「アレルギーバケツ理論」というのは正しいのではないか、と真剣に考えたりしている。これまで何の問題もなく食べ続けてきた魚介に当たった(らしい)ことが不思議でならないのだ。

「アレルギーバケツ理論」とは、生まれながらに持っている自分の体内のアレルゲンの入れ物(バケツ)があふれると突然発症する 、というもので俗説であり間違いだとされる。

だがアレルギー反応の説明には、境目や境界やボーダーなどを意味する"閾値(いきち)"というコンセプトもあって一筋縄ではいかない、と言われるのもまた現実だ。

要するに、誰でも持っている可能性があるアレルギー発症のスイッチが、いつどこでどのように反応するかはまだ謎のままなのである。

これまでいつでもどこでも、食べたいだけ食べてきた魚介類に、拒絶反応が起こって突然発症したのは、僕の体内のアレルゲン貯蔵庫が満杯になって溢れてしまったから、と考えれば辻褄があうようだ。

要するに僕は、生まれながらに決められていた食べるべき魚介類の量を既に消費してしまい、もうこれ以上は食べてはならない、と神様に告げられたようなものだ。

だが僕は、魚介が食べられないなら死んだ方がまし、と思うほど海鮮料理が好きだ。必ず原因を突き止めて、その素材(タコかエビか貝が怪しい)だけを除いてまた食べまくってやる、と決意しているのである。



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