煮られる臭豆腐?600



プロローグ

2019年1月の台湾旅行は思いがけない展開になった。街の異臭と不衛生な環境に終始悩まされて、期待していた本場の台湾料理及び中華料理を満喫することができなかった。異臭の最たるものは「臭豆腐」。そこに様々な中華香辛料やそこかしこに漂う下水臭が加わって不潔感を高め、食欲がすっかりを殺がれてしまった。

ニーハオ!臭豆腐

臭豆腐のにおいの洗礼は旅の始めに来た。台湾桃園国際空港 から電車で台北駅に降り立ち、広大な地下街を通って宿泊予定先のホテルに向かって歩いているとき、ふいに鼻もひん曲がるほどの悪臭があたりに漂った。地下街の一角に臭豆腐を提供する安食堂があって、あたりににおいを撒き散らしていたのだ。

逃げるように地下街を離れて地上に出た。しばらく歩くと道路わきに淀む下水溝の臭気が鼻を突いた。先を行くと今度は多種類の香辛料に染められた中華風の空気臭に出会った。通りに軒を連ねている開け放しの飲食店や屋台風食堂などがにおいの元だ。

下水の異臭は東京渋谷の裏通りにも沖縄宮古島の中心街などにもあるにおいだ。不快だが知っている分スルーしやすい。また中国風の香辛料のにおいも種類によって好悪はあるものの耐え難いものではない。

しかし、先刻の駅地下街で嗅いだ強烈な臭豆腐の「腐臭」にかく乱された嗅覚には、知っている筈のかすかな臭気も異様に拡大誇張されるようで極めて不快だった。不運にもその気分は、旅の全体を特徴づけるほどの出来事になってしまった。

臭豆腐の正体

臭豆腐は豆腐を発酵液に漬けて風味を付けた食品である。有機化合物のインドールなどが含まれることによって糞便臭がある、とされる。中国大陸が発祥の地で、どちらかというと大陸の南部地域で人気があり台湾でも良く食べられている。

臭豆腐が「におう」食べ物という程度の知識は、台湾を旅する前の僕にもあった。しかし食べたことはもちろん見たこともなかった。初めて嗅いだ臭豆腐のにおいは僕に言わせれば、糞便どころか、いわば糞便をさらに腐敗させたほどの強烈な臭みに感じられた。「腐臭」といっても良かった。

臭豆腐はしかし、臭い食べ物の「臭み」 の数値としては、鮒寿司や納豆やヤギ汁や焼きたてのくさやなどよりも小さく、科学的にはそれほどまでに臭い食べ物ではないという見解もある。しかし、繰り返すが、僕にとっては「鼻もひん曲がる」ほどの悪臭で、どうにも我慢ができなかった。

しつこいぞ臭豆腐

ホテルにチェックインしてひと休みした後、街の探索に出かけた。ホテルは台北駅から徒歩で数分の繁華街にある。賑やかな通りを歩き出すとほぼ同時に先刻の下水の臭いに行き合い、やがて輻輳した香辛料のにおいが“当たり前に”濃く漂ってきた。

そこまでは驚きつつも不快感を抱くことはなかった。ところがしばらくすると、駅の地下街で嗅いで卒倒しそうになった臭豆腐のけたたましい臭気が、再び襲いかかってきた。事態を呪いつつ気落ちしつつ、追われるようにさらに早足でそこを離れて別の通りに出た。臭豆腐の恐怖の臭気からは開放されたが、すっかり食欲を失い街への興味さえ失ってしまった。

その日は食べそびれていた遅い昼食を、なんと日本レストランの吉野家の牛丼で済ませた。夕食は気を取り直して、なんとか台湾料理を食べようと街を探索した。しかし思いは沈んだまま離陸しない。臭気にまみれて不潔っぽい通りの店で食事をする心持にはどうしてもなれないのだった。

くたびれるほど歩いた挙句に、偶然行き会った日本風の居酒屋を見つけた。ほっとしてそこに入店。少しの肴をつまみつつビールを飲んだ。食欲がなかった。旅の初日はそうやって、臭豆腐の腐臭に痛めつけられて「仕方なく」日本食を味わう羽目になった。

だがそれだけでは終わらなかった。臭豆腐の悪臭はその後、台北の街なかでも、夜市の巨大マーケットでも、さらには古都の九份でも、執拗にまとわりついて食欲を殺ぎ、街の景観や空気にもそれの「臭色」が塗りこめられているような錯覚までもたらした。

日中衛生観念比べ

翌朝、ホテルの食堂での朝食体験も僕の食欲にプラスの効果はもたらさなかった。バイキング形式のホテルの朝食食材は、種類が豊富で見た目も素晴らしい。味も良さそうである。

ところが、ふと見ると前に並んでいる客が次ぎ次ぎにしゃがんでは立ち上がる仕草を繰り返している。料理用の取り皿が、食材が並べられたカウンターの下、ごった返す人々の足元のあたりに並べられているのだ。

僕は大げさではなくぎょっとした。人の足は食物を食(は)む口腔とは遠いところにある。そして人の足元には穢れがある。外を歩けば人は足裏で犬猫の糞尿を踏むこともある。足はほこりや垢やゴミの類にも触れる。

さらに言えば、日本人は大切な人や恩義を感じる相手には「足を向けて寝られない」と表現するほど、足元の穢れや不潔を強く意識する。だから日本のどんな田舎の宿でも、僕が知る限り、食器を足元に並べることはあり得ない。

臭豆腐の強烈なにおいに遭遇したときほではないものの、僕はそこでも強い違和感を覚えた。ホテルは近代的でおそらく衛生環境にもそれなりに気を遣っている。それなのに汚い足元に食器を置いて平然としているのである。

足元の皿ヨリ600


そこでふと思ったのは、台湾を含む中華世界と日本との間にある衛生観念の懸隔だった。清浄へのこだわり感は人々の生活が豊かになるに連れて向上するのが普通だ。日本人も日本の街も昔は不潔だった。だが国が豊かになるに連れて衛生状況は著しく改善していった。中華社会も同じ道筋をたどると考えられる。

それでも彼我の清潔感のあり方には根本的な違いがあるのではないか、ともいぶかった。というのも中国は既にかなり豊かな国であり、台湾に至っては多くの局面で先進国の域に達している。従って衛生的にもかなりの水準に達していると見るべきだ。

それでいながら台北の街のそこかしこには、前近代的と形容してもいいような不浄さも見られる。その感覚はもしかすると根本的に改善されるものではなく、例えばホテルの食堂が食器を客の足元に並べて動じない精神風土などが、そのことを象徴的に示しているのではないか、と思ったりもするのである。

見所満載の故宮博物院

次の日はかねてから計画していたように国立故宮博物院を訪れた。朝の10時過ぎに入館し、5時間以上も展示を見て回った。昼食は食べず、その間に口にしたのは持ち歩いているペットボトルの水だけだったが、空腹を感じなかった。

博物院内の展示物の圧倒的な美と迫力に酔いしれていた。同時に膨大な数の中国人観覧客の、けたたましい動静を観察することに心を奪われてもいた。

だがそれよりもなによりも、そこまでに体験した臭豆腐の向かうところ敵なしの「大腐臭」と街の異臭に気圧されて、すっかり食欲が萎えて気持ちが沈んでいた、というのが真実だった。

その後台湾を離れるまでには、少しの中華料理も楽しむことになるが、その旅では同伴している妻も僕も実は体重を減らしたのである。特に妻の減量は顕著だった。

圧巻の夜市

屋台がひしめく夜市にも足を運んだ。夜市は中国や台湾を含む東南アジアに多く存在する夜のマーケット。昼間の暑さを避けたい人々が大量に繰り出してにぎわい、屋台や売店や雑貨露天商などがひしめいている。中でも屋台を中心とする「食」のマーケットが目覚ましい。

訪れたのは台北最大とされる士林夜市。そこには人々の食への飽くなき欲望が集積し渦巻き暴れているようなエネルギーが充満していた。料理人とウエイターと食べる者たちの話声と共に、人々の咀嚼音が爆音となって耳をつんざくのである。圧巻の光景がえんえんと続いていた。

カメラのシャッターを切り続ける僕に、料理人やウエイターらが呼び込みよろしく声高に店に入るように誘うが、全く食欲をそそられなかった。なぜならそこにも例によって臭豆腐の悪臭が充満していたのだ!

少しは慣れたものの、またもや臭豆腐の「腐臭」に当てられてウンザリしていた。それでも夜市にあふれるすさまじい量の食材の躍動と、食を満喫する人々の腹からの歓喜がかもし出す雰囲気とを大いに楽しんだ。

レトロな村にも臭豆腐

旅の最終日、北部台湾は大雨に見舞われた。それでも計画通りに台北の街を離れて遠出をすることにした。映画「悲情城市 」で世界的にも有名になった九份 を訪れるのである。

赤提灯列と雨の雰囲気600


雨に打たれながらレトロな九份の路地を巡り歩いた。傘もあまり役に立たない土砂降りの雨の中を歩くのはひどく骨が折れた。しかし、暗天のおかげで昼間にもかかわらず提灯の光が映えて詩的な風景が広がっていた。

ノスタルジーを誘う光景の中、通りには観光客目当ての土産物店や食堂や食料品屋が軒を連ねていたが、僕らはそこでも急ぎ足に先を目指した。いまいましいことに、そこでもやはり臭豆腐の腐臭が通りに充満していたのだ。

臭豆腐があっても台湾が好き

臭豆腐に呪われたような旅を救ったのは、台湾の人々の「人の良さ」だった。店員やタクシー運転手やホテルマンや従業員や、さらには道行く人々の誰もが友好的で親切でやさしい。人々が観光客を大事にしていることがてきめんに分かるのである。

あるときは通りを行く見知らぬ人が「私たち台湾人の運転は乱暴だから車道から離れて歩きなさい」と笑いかけ、年配の女性はバス代の小銭がなくて立ち往生している僕らの分も、とコインを運賃箱に投げ込み、電車内で隣り合った別のおばさんは「年始のプレゼントに」と干支のイノシシ絵の暦を妻の手の中に押し付けた。

台湾ではそんな具合に行き逢う人、行き交わし行き過ぎる人たちでさえ気さくで親しみやすい。島国の人は時として閉鎖的だが、島国である台湾の住民は
「心を開くことが観光立国の最重要事案」、というコンセプトを生まれながらに知り尽くしてでもいるかのように、人懐っこさがいかにも自然体で好ましいのである。

ああ、それなのに、それなのに、今回の旅に限って言えば、人の良い台湾の人々が作り出し育て充実させたに違いないもの、つまり妻も僕も大いに楽しみにしていた間違いなく旨いはずの台湾料理が、少しも食欲をそそらないのだった。

臭豆腐の「腐臭」は四泊四日(最終日はAM3時起床6時半出発)の台湾旅行—正確にはほぼ全行程が台北滞在—の期間中、まるで呪いのように僕らの周りにまとわりついて旅の喜びを半減させ食欲を完全破壊し続けた。

僕は「いつか臭豆腐のない台湾を見てみたい」と切実に思った。今も思っている。



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