
2019年初頭、4泊4日(最終日はAM3時起床6時半出発)の台湾旅行は、臭豆腐に始まり臭豆腐に終わった、と形容したくなるほどクサイ食べ物である臭豆腐に翻弄された。
特に食を中心に楽しむはずだった旅が不首尾に終わったことは心苦しい。台湾の人々に申し訳ない思いでいっぱいなのだ。その理由はただひとえに島の皆さんがいい人ばかりだったからだ。
圧倒的な腐臭を放つ臭豆腐は、台北の街路に漂う「普通の」中華風香辛料のニオイや、そこかしこから洩れ来る下水のほのかな臭気さえも巻き込んで拡大誇張するようだった。
そうやって台湾の、つまり台北の街に対する僕の印象は悪い方向へと誘導されてしまい、まるでそれらのにおいも臭豆腐と同じレベルの耐え難い悪臭であるかのように感じてしまった。
さらに悪いことにそれらのネガティブな「におい」の数々は、衛生的に既に少し問題があるように見える通りの店々の不潔感を余計に高めてしまい、現地料理への食欲を殺ぎ続けた。
そのためわざわざ台湾まで行きながら、しかも時間が貴重な短い旅にもかかわらず、あえて日本食の店で食事をする、という不本意な時間も多く過ごすことになった。
しかし、それで納得したわけではなく、僕は同伴している妻もうながして、現地食を食べる努力も懸命にしたことはしたのである。
それはあまり功を奏したとは言えない。それというのも妻が僕にも増して街の通りや飲食店の不衛生な環境に恐れをなしてしまい、頑として現地食を拒んだからである。
新しい食べ物に閉鎖的な田舎者の僕とは正反対に、都会育ちの妻は食べ物にきわめてオープンな性質の女性である。
食べ物にオープンとはつまるところ、食べ物のにおいにも大らか、ということだ。ところが彼女は臭豆腐のにおいを受け付けず、それにまとわりつく感じで漂う台北の「空気臭」にも眉根を寄せ続けた。
最初に僕らが知った臭豆腐のにおいが、彼女が受け入れやすい「食べ物のにおい」としてではなく、いわば「街の雑踏のにおい」として飛び込んできたのが間違いの元だったのかもしれない。
ともあれ、友好的で、素晴らしく感じの良い台湾人の皆さんの名誉のためにも、僕は台湾料理を食べる努力を確かにしたのだ、と堂々と主張したい。
そのことを示す意味合いで、趣旨をきっちりと伝達できるかどうか定かではないが、食事にまつわる旅の内容を下記に時系列に正確に並べてみることにする。
台湾旅行:2019年1月3日~1月7日
1日目(1月3日):
昼前に台北の桃園国際空港着。地下鉄で台北駅へ。そこの地下街で恐怖・驚愕の臭豆腐、「腐臭」初体験をする。
ホテルチェックインを経て街を探索。下水臭とさまざまな香辛料などが混ざりあう複雑なにおいが、街に充満していることに気づく。
やがて通り沿いに設えたオープン・カウンターで臭豆腐を売っている店に出会う。再び「ゲテモノ食材」の爆弾級の腐臭に打ちひしがれる。
仕方なく、日本ブランドの吉野家で遅い昼食の牛丼摂取。臭気にまみれて、不潔っぽい通りの店で台湾料理を食べる気にはどうしてもなれなかった。
ホテルで休憩後、また街をさ迷う。地元のレストランで夕食を、と躍起になるがどうしても入りたい店がない。偶然行き合った少し沖縄テイストの入った日本風居酒屋で食べることにする。
沖縄テイストとは、従業員がクール・ビズの一種である「かりゆしウエア」を着ていること。オリオンビールや泡盛をまるで当たり前のように置いていること、など。
台湾って沖縄のお隣さんなんだなぁ、といまさらのように思った。沖縄のさらに僻地の離島で生まれ育った僕は、世界中の全ての島に強い愛着を抱く癖がある。
台湾島にも訪問前から既に親しみを感じていたが、島が沖縄の隣に位置するのだといまさらのように気づいて、僕はますます台湾が好きになるようだった。それだけに尚のこと臭豆腐がうらめしい。
2日目(1月4日):
ホテルで朝食。多種類のこってり風味が明らかな料理が並ぶ。取り皿が足元に置かれていることにもおどろく。食欲ゼロ。
コーヒーと雀のエサほどの量のフライドポテトを食べる。これが朝食の習慣となる。
朝食後、電車とバスを乗り継いで国立故宮博物院へ。朝10時から午後3時過ぎまで一心不乱に見学。
博物院訪問の後は、ホテルに戻って再三街の中心部をうろつく。やがて夕食の時間がやってきた。
そこではさすがに勇気を奮って地元の店で地元の物を食べようと決意した。
前夜の居酒屋の近くに、あけっぴろげな小さな食堂があった。店先に得体のしれない食材を飾ることもなく、厨房から不審なにおいも漂ってこない。
そのことに意を強くして思い切って店に入った。結論を言えばその選択は正解だった。日本の中華料理店の料理の味を、いわば一回り濃くしたような味付けの膳が次々に出た。
結局その店には翌日も足を運ぶことになった。。
3日目(1月5日):
妻はコーヒーとヨーグルト、僕はコーヒーとほんの少しのフライドポテトのみの遅い朝食後、台北駅界隈を散策。すぐに昼食時間がやって来たものの、街の臭気に耐えかねて、例によって中華食への興味失墜。
ホテルと駅の中間地域にある、またもや日本ブランドの三越デパート地下で、讃岐うどんの昼食。そのデパ地下には食料品コーナーよりもはるかに広大なレストラン街があって、日本食を中心にさまざまな料理を提供していた。
夕方早く、台北駅から電車で15分ほどの夜市へ。食材の豊富と人々の熱狂に圧倒される。だがそこにも臭豆腐臭が充満していて、当たり前のように食欲が吹き飛ぶ。
結局、夜市の屋台では何も口にすることなくホテルに戻り、また周辺の街へ。現地食の店を探したが徒労に終わる。結局2夜連続で前夜の小さな食堂へ。
僕は空腹も手伝って結構おいしく料理を食べた。が、妻は先刻の夜市の混乱と食材の異様と異臭に圧倒された余韻が残っていて、ほとんど何も食べずに終わる。少し深刻な状況にさえ見えた。
4日目(1月6日):
雨。ホテルで朝食後、長距離バスを利用して古都九份 へ。九份でも臭豆腐の腐臭からは逃れられず。昼食を取らないままホテルに戻る。
台北を知る友人からLine情報が入る。台北駅2階のショッピングモール内の土産店また飲食街が清潔で良し、とのこと。
夕方早めにそこに向かい、少しの土産を買ってまたさんざん迷った挙句に、清潔そうな中華料理店でついに「小籠包」 を食べる。美味。
小籠包のほかには「勝手知ったる」チャーハンとナス料理などを注文。妻もそこでようやく台湾料理を口にした。
1月7日:AM6時30分発の飛行機に乗るため3時起床。4時発のタクシーで空港へ。
エピローグ:
「におう」食べ物は世界中にある。日本には納豆がありくさやがありヤギ汁などというものもクサイ食べ物として知られている。
ここイタリアではゴルゴンゾーラ、いわゆるブルーチーズが良く食べられる。それ以外にもチーズ系を中心に異臭を放つ食材は多い。
イタリアに限らない。欧州には世界一クサイ食べ物とされるシュールストレミングがスウェーデンで生産される。他の国々にも珍味やゲテモノ系の食材は少なくない。むろん欧州以外の世界の国々にもある。
臭豆腐もそんな世界のクサイ食べ物一つである。だから臭豆腐だけが嫌われるいわれはない。
台湾で体験した「臭豆腐“臭”」が問題なのは、それがあたりかまわずに漂うところだ。冬でも暖かい台湾では、通りに向けて開け放たれている臭豆腐屋から臭気が傍若無人に溢れ出て、広範囲に漂い広がって充満する。屋台などの場合は言わずもがなだ。
日本では納豆やヤギ汁のにおいが「付近一帯」に拡散する状況はあまり考えられない。イタリアのブルー・チーズは通りから隔絶した家庭やレストラン内で消費される。だからにおいはそこだけに留まる。世界の他の「文明社会」のクサイ食べ物もほぼ同じ。
台湾はその意味では文明度が少し遅れている、と言えるかもしれない。臭豆腐が好きな人には好ましいことだろうが、そうではない人にとっては、臭豆腐の腐臭があたりに満ち溢れている状況は、正直に言って苦痛だ。
繰り返しなるが僕は台湾が好きだ。できれば将来また訪ねてみたい。しかし、臭豆腐の強烈なにおいを規制するメンタリティーや法律でも生まれない限り、また仕事か何かでやむにやまれぬ状況にでもならない限り、残念ながらきっと再び足を向ける気にはならないだろう。
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