
中国の習近平主席がイタリアを公式訪問し、一帯一路構想への協力を盛り込んだ覚え書きを伊政府との間に交わした。G7国初の動きである。
その類の覚え書きは、ギリシャやポルトガルを始めとするEUメンバー国やEU域外国など、欧州の多くの国々とすでに交わされている。目あたらしいものではない。
ところがEU本部やアメリカ政府は、中国の野望に手を貸すな、とイタリアを盛んにけん制した。それもこれもイタリアがまがりなりにもG7の一角を占める大国だからだ。
EUやアメリカの意向に迎合して、やれイタリアはお終いだの中国の債務の罠だの財政破綻を招くだの、と半可通の論評や批判を展開するジャーナリストや評論家などが続々出てきた。
だが中伊の覚え書きの交換は、EUやアメリカの高官また日本の論者などが不安がり危機感をあおるほどの大層な意味を持つものではないと思う。
もちろん将来そうなる可能性はゼロではない。だがそうなった暁にはEUもアメリカも世界の誰もが中国の足元にひれ伏しているはず。それはお伽話の世界だ。
覚え書きには、中国がこれまでイタリア・ジェノバなどの港湾施設に出資したのと同様の投資など、経済関係の強化が盛り込まれている。
そこに示されたイタリアと中国の連携による経済波及効果は200億ユーロ(約2兆5千億円)規模になる、などとも言われている。
それが事実なら財政危機にあえいでいるイタリアにとっては願ってもない機会である。実のところイタリアはそうした利益を期待して中国の提案を受け入れた。
イタリアにとっては実現すれば良し、コケればコケたで失うものは何もない、という程度の取引だと考えてもあながち間違いではない。
覚え書きの交換を批判するアメリカは、周知のように世界経済の覇者の地位を中国に奪われまいとして、対抗意識を向き出しに貿易戦争などを仕掛けている。
一方EUは、Brexitで揺れる英国を除く27カ国が結束してアメリカに比肩すると同時に、対中国ではアメリカとも手を組んで世界における欧米の優位性を保ちたいと切望している。
イタリアはそのEUの結束を乱しかねない、というのがEU本部の懸念だ。だがイタリアはいざとなれば、中国との単独の覚え書きなど破棄してしまうだろう。
覚え書きには拘束力はない、とイタリア側は弁明している。だが、覚え書きにはイタリア政府代表が署名しているのだから、何らかの拘束力はあるものと考えられる。
それにもかかわらずにイタリア政府が、覚え書きに拘束力はない、と繰り返し表明しているのは、おそらく将来の不都合に向けての布石だ。
EU自体も実は、極めて慎重な態度ではあるものの、欧州の独自性と優位性を保ちながら中国と経済的に協力できるのならそうしたい、と望んでいる。
イタリアはいわばそこからの「抜けがけ」をEU本体に責められている形だが、将来同国がうまく中国と付き合いEUもその流れに乗る状況になった時は、「先見の明があった」と賞賛されるだろう。
逆にEUと中国が対立する政治環境に陥った場合には、イタリアが両者の間の仲介役として縦横に動き回る事態が発生するかもしれない。
しかし両者の対立が決定的になった時には、イタリアは中国を見限ってEUと行動を共にするだろう。なぜならEUこそイタリアの仲間であり家族であり同じルーツを持つ血族だからだ。
イタリア連立政権の担い手であるポピュリストの五つ星運動と同盟は、心情的に反EUとはいえ結局「欧州内の」政治勢力だ。彼らの家も欧州であり、彼らの家族も欧州人なのである。
異文化を全身に纏ったうえに、反自由主義市場の一党独裁国家である中国とは、最終的には誰もが折り合うことなく決別すると考えるべきだ。
もちろん懸念はある。五つ星運動と同盟は基本的にEU懐疑派の集団だ。EUが対応を誤って彼らを刺激しつづければ、反EUの機運が高まりかねない。それは避けるべきだ。
イタリアには「フルボ」という日常語がある。それは知恵者というポジティブな意味と、同時に狡猾漢、ずるがしこい、抜けめない、などネガティブな意味を併せ持つ言葉だ。
人々は誰かをフルボと規定するとき、両方の意味合いをこめて言葉を発する。善人でもあり悪人でもあるのがフルボな人物だ。
複雑な心理は、イタリアの各地方が生き残りをかけて侵略と謀略と闘争に明け暮れた、かつての都市国家メンタリティーの中で培われたものだ。
生き馬の目を抜く非情な生存競争の中では、知恵があって抜け目のない者、つまりフルボが勝利するのが理の当然である。イタリア人は肯定的にそう考える。考えは態度に出る。
にぎやかで楽しく、親切で優しいイタリア人が時折り、特に日本人などの旅人の目に「ずるがしこくも油断ができない存在」に見えてしまったりするのは、決して偶然ではない。
イタリアは国益と生き残りをかけて「フルボな中国」を手玉に取ろうと「フルボに動いている」に過ぎない、というのが今回の覚え書き交換の真相のように僕には見える。
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