ベニスの少し優雅な結婚披露宴に招かれた。
同じ日に別の場所で日本祭りがあり、僕はそこで日本映画のプレゼン責任者だった。
困ったが、結婚披露宴はどうしても避けられない義理ある催し物だったので、そちらへの顔出しを優先せざるを得なかった。
披露宴会場はベニスの中心街から少し離れた場所にあった。いや、大運河からリアルト橋に向かって路地を行く地区だから、中心街の一角ではある。
だが、そのあたりはリアルト橋一帯やサンマルコ広場付近に較べると、ベニスの中心街の中では観光客が少なく静かな雰囲気に包まれている。
いまベニスで取りざたされることの多い中国人観光客も、その他の訪問客もあまり通りを歩いていない。
地元の人らしい老婦人に披露宴会場への道順を訊いた。躊躇なく教えてくれる様子からベニス人の女性であることに確信を持った。
そこでついでにまた訊いた。このあたりはずいぶん静かですね。あまり観光客も歩いていないようですし、と。
すると老婦人は急いで返した。とんでもない。このあたりも含むベニスはもうベニスではありません。ベニスは観光客に乗っ取られてしまいました。嘆かわしいことです、と。
彼女は僕を観光客とは見なさなかったようだ。イタリア語を、ブロークンながら、ま、割りと流暢に話すし、何よりも結婚披露宴に出るためにスーツにネクタイ姿だったからだろう。
スーツにネクタイに黒の革靴を履いた観光客なんて、さすがのベニスにもあまりいないはずだ。
老婦人の嘆きは全てのベニス人の嘆き、と断言しても構わないと思う。それは僕のようにベニスを愛する非地元民の嘆きでもあるのだから。
観光客となんら変わることのない仕方でベニスに侵入している自分自身を棚に上げて、僕はそこでもベニスに溢れる旅人の多さを慨嘆するのだった。
僕の慨嘆はさらに深くなった。老婦人と別れてしばらく路地を行くと、明らかに不埒な中国人の仕業に違いない、落書きが目に飛び込んできたのだ。
美しい水の都は確実に壊れつつある。それは中国人のせいばかりではないが、中国人の影響はやはり少なくない、とは言えそうだ。
その後とどまった結婚披露宴の会場では、ベニスの伝統に彩られた屋内装飾や食や持て成しやゲストの動静や空気感を満喫して、それとは対極にある外の喧騒をしばらく忘れて過ごした。
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