ヤギ肉炙り焼き
クレタ島は羊よりもヤギの多い島である。野生ヤギの一種kri-kri(クリクリ)の生息地でもある。むろんヤギ肉料理も豊富だ。
今回旅では、「クレタ島伝統食」レストランあるいは「ギリシャ伝統食」食堂と銘打つ幾つもの店で、実に美味いヤギ及び羊肉料理(以下:ヤギ・羊肉料理)に出会った。
しかもそんな伝統料理店は至るところにあって、英語の子羊即ちLAMB(ラム)料理という触れ込みで提供されるケースがほとんどだ。
子羊のそれほどほどひんぱんではないが、ヤギ料理もこれまた多くの店で普通に目にすることができる。
そしてもっとも肝心なことは、それらの店で食べるヤギ・羊肉料理は、ほぼ間違いなく美味い、という事実だ。
ヤギ・羊肉料理以外の肉料理はイタリアで大いに食べている。またギリシャには肉の串焼きスブラギやギロスといった独特の肉料理もあり、むろんそれらも食する。
だがギリシャの普通の肉料理は、一度味見をしてしまうと正直繰り返して食べたいとは思わない。イタリア料理を超えるほどの味ではないのだ。
そのせいもあってギリシャ、特にクレタ島ではヤギ・羊肉レシピに目が行きやすい。それらの料理は魅力的だ。何しろ長い歴史の中で試行錯誤されて完成したレシピがほとんどだから興味はつきない。
クレタ島のソウルフードは肉料理だ。島なのに魚料理がコアにならなかったのは、島が外敵の侵略にさらされ続けて、住民が内奥の山々に逃げ込みそこに居ついたからだ。
地中海にあって、アラブまたイスラム教徒と欧州の対立の矢面に立たされたのが、クレタ島やイタリアのサルデーニャ島などに代表される島々なのだ。
肉料理の中でもヤギ・羊肉膳が多く発達したのは、島に侵入したイスラム教徒の影響も大きい。豚肉を食べない彼らはヤギ・羊肉を好んで食べる。
近年急激に発達した観光業のおかげで、クレタ島の魚料理もかなり発展した。伝統的なタコ料理のほかにもいろいろ旨い魚介膳が提供される。
そうした点もイタリアのサルデーニャ島に似ている。サルデーニャ島の魚介膳はイタリア本土由来のレシピが主で、イタメシだけに味が極めて良い。
クレタ島の場合も、押し寄せる観光客のうちの舌の肥えた人々に合わせるために、海鮮料理が大きく前進した。今では伝統の肉料理に匹敵するほどの味のレシピも多い。
だがそうした魚料理も、ヤギ・羊肉以外の肉料理と同じで、あまり僕の気持ちをひきつけない。日本料理の魚介膳を知っているからだ。それは実はイタメシの場合も同じ。
イタメシの魚介のパスタは秀逸だが、魚介そのものの味付けは逆立ちしても日本料理にかなわない、というのが僕の独断と偏見による今のところの結論だ。
申し訳ないが、クレタ島を含むギリシャの海鮮料理の味はイタリアのそれの後塵を拝している。従ってそれは、イタメシに輪をかけて僕の食欲をそそらない部類のレシピに入る。
牛肉、豚肉、鶏肉料理なども、ギリシャよりもイタリアの方が魅力的だ。決してギリシャ料理が不味いのではない。それどころかギリシャ料理は、僕の中では世界で5番目に美味しい調理だ。
再び僕の独断と偏見による世界料理のランク付けは、美味しい順に日伊中華トルコ、続いてギリシャだ。フランスやスペインよりもギリシャが上位にあるのだ。
クレタ島には北欧人やバルカン半島の旧共産主義国の人々も多くバカンスに訪れる。彼らを意識した料理も極めて多い。それらは残念ながら驚くほど美味いとは言えない。
そうしたレシピの特徴は、超大盛皿、素材のゴッタ混ぜ、大味、強いバター臭などに象徴される劣悪テイストである。ギリシャ伝統の自然たっぷりの食味がぶち壊されたものがほとんどだ。
そうした中で、ほぼ100%美味しいのがヤギ・羊肉料理、と言いたいところだが、観光客向けのメニューを中核にしている店では、ヤギ・羊肉料理にも盛りだくさんの素材を加算して、本来のそれの味を損ねているものが多い。
ヤギ・羊肉膳の場合は、煮込みにしろオーブン焼きにしろスモークや炙り煮また丸焼きにしろ、肉の臭みを取るためのハーブやワインや独自の素材のほかには、何も加えないシンプルな仕上げの方が間違いなく美味い、と思うのである。
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