マラソン2016


来年の東京五輪のマラソンを札幌で行う計画が発表されて騒ぎになっている。僕も7月から8月にかけて開催される2020東京五輪に、強い疑問を抱き続けてきた。

そこに「マラソンを札幌で開催するかも」というニュースが流れたので、後出しジャンケン風になってしまうことを恐れつつ、かねてからの自分の思いを書いておくことにした。

僕は欧州の友人知己に日本を旅する良い季節はいつか、と訊ねられた場合は決まって「6、7、8月以外の9ヶ月」と答えるようにしている。

そのフレーズには「6月は雨期でうっとうしく、7、8月は湿気に満ちた猛暑で卒倒しかねない」という少し大げさな言葉も付け加える。また春と秋なら最高だ、とも。

僕は日本の中でも特に蒸し暑い沖縄の離島で生まれ育った。その経験から言うのだが、7~8月の東京は、海が近く且つ島風つまり海風が吹いたりもする沖縄よりも暑いことがよくある。

同時に、夏のその「蒸し暑さ」が外国人、特に欧米系の人々にとっていかに耐え難いものであるかを、イタリア人の家族を始めとする多くの欧米の友人知己との交流の中で実感してもいる。

それでもまだイメージのわかない人は、「真夏の沖縄で開催されるオリンピック」を想像してみればいい。それは決して爽快な印象ではないはずだ。東京の夏の五輪大会はそれ以上に苛烈である可能性がある。

7月~8月に東京でオリンピックを開催するのは、狂気にも近い異様な行為だとさえ思う。選手にとってもまた海外から訪れる観客にとっても、同時期の東京はどう考えても暑すぎるのだ。

東京の夏はただ暑いのではない。殺人的に「蒸し」暑いのだ。それは慣れない人々にとっては体力的に負担が大きい。体力的につらいから精神的にも苦痛を伴う。

真夏に東京を訪れる海外からの観光客は多くいる。従って7月~8月の東京の蒸し暑さも、全く我慢ができない、という類の困苦ではないことが分かる。

だがそうした観光客は、東京のひいては日本の夏の酷烈を承知であえて旅行にやって来る。中には日本の蒸し暑い夏が好き、という人さえいるだろう。

好きではないが体験してみたい、という人もいるに違いない。いずれにしろ、彼らは日本の四季のうちのその時期を「すき好んで」選ぶのだ。いわば自己責任である。

しかし、オリンピックに出場するアスリートと見物客には選択の余地はない。彼らはいやでもイベントの開催時期に合わせて訪日しなければならない。

アスリートにとっては、7月~8月の東京の蒸し暑さは健康被害を憂慮しなければならないほどの厳しいものだ。観客にとっても自らで選んだ時期ではない分、猛暑がさらにこたえるに違いない。

もう一度言う。7月から8月にかけてオリンピックを東京で開催するのは、ほとんど狂気にも近い動きだと思う。前回1964年の東京オリンピックは10月の開催だった。

秋晴れの涼しい空気の中で行われたその第18回五輪競技大会は、周知のように輝かしい成果をあげた。しかしながらあれから半世紀以上の時が経ち、五輪をめぐる状況は大きく変わった。

オリンピックは、放映権料として大金を支払う主にアメリカのテレビ放送網や、スポンサーなどの意向によって、開催時期や開催中の競技の時間などが左右されるようになった。

2020年のオリンピックも、IOC(国際オリンピック委員会)が7月半ばから8月末の間に開催できることを条件に東京を選んだものだ。

夏以降の開催ではアメリカの大リーグや欧州のプロサッカーリーグなど、欧米の人気スポーツの興行期間と重なって、テレビ番組の編成戦略上どうにも具合いが悪い。

既述のようにアメリカを筆頭にする欧米のテレビ放送網は、巨額のオリンピック放映権料をIOCに支払う。彼らへの配慮なくしては、五輪は開催そのものさえ怪しくなるのが現実だ。

そうした背景を知っているので僕は、2020年東京大会の開催時期の異様さに強い違和感を持ちながらも、敢えて意見を言うことを控えてきた。言っても詮ないことだ感じていたからだ。

しかし、東京の猛暑がアスリートに及ぼす健康障害を恐れて、IOCがマラソンコースを札幌に変更するらしい、という重大なニュースに接して考えが変わった。

そのエピソードは、真夏の危険な暑さを押して五輪競技を行うことの是非について、IOCや巨大テレビ網やスポンサー等に大きな疑問を投げかけている。

言葉を変えればエピソードは、今後のオリンピックの在り方について、理念と実際と金銭のバランスを含む大きな修正がなされなければならない、主張しているように見える。

事は東京五輪に限らない。ただでも夏の猛暑が多い中で、温暖化による地球の沸騰が日々進んでいる。五輪開催時期をテレビ網の都合だけで決定してはならない時期に来ている。

そうしたことを踏まえて、2020年東京オリンピックに関して僕には一つ提案がある。実はそれは東京五輪が7月から8月に開催される、と知った時点ですぐさま思いついたことなのだが。

東京五輪のマラソンを札幌開催にシフトするだけでも、コースの設定、会場選び、警備、選手及び関係者の宿舎の確立、販売済みのチケットの払い戻しや変更など、など、複雑で難しい作業が待っているであろうことが容易に推測できる。

マラソンのみを札幌に移行するのはもしかすると、全てを今のままにして五輪開催期間を秋口に変える作業と同じ、とまでは言わなくとも、それに近いほどの手間暇がかかるのではないか。

ならば、いっそのこと、全ての競技の開催時期を例えば9月から10月にかけて、と改めるのはどうだろうか。むろんその場合にはマラソンも予定通り東京で行う。

比較的涼しい9月~10月に大会を行えば、全ての競技で選手は最大限に力を発揮できるし、観客もイベントのみならず日本の気候とそこにまつわる文化を大いに楽しむことができる。

ネックは言うまでもなく前述の欧米、特にアメリカのテレビ放映権料問題だろうが、IOCが本気でアスリートの健康を憂慮するのならば、世界のテレビ局との交渉もまた本気で選択肢に挙げてみるべきではないか。



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