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このブログのタイトルを≪【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信」≫としているのは、僕がテレビ番組の制作ディレクターだからである。主にドキュメンタリーと報道番組を監督する。

ロンドン、東京、ニューヨークと渡り歩いて、最後はイタリアのミラノに流れ着き、しばらく前までそこで事務所を構えていた。小さな番組制作プロダクションである。

会社組織にしてスタッフを入れると、NHKや民放など日本のテレビ局からの以来もあって、事務所では番組制作の手伝いをするコーディネーターの仕事もこなした。

僕は自ら企画を練り、テレビ局に提案して、番組を制作することが大好きだが、実はテレビを「観る」こともそれに劣らず好きである。

見るテレビはイタリアの地上波はもちろん、衛星放送でBBC, AlJazeera, CNN, Euronews, スポーツ専用局、そして日本のJSTVと多岐に渡る。

最近は、イタリアのテレビはニュースとスポーツ以外はほとんど見ない。見る価値がないと思っている。代わりにBBC,  Euronews、そしてJSTVをよく見る。

JSTVはロンドンに本拠がある。主に流しているのはNHKのほとんどの番組と民放のドラマなど。それらの番組とWEBを徘徊すれば、日本にいるのとほぼ同じ感覚で日々が過ぎる。

日本語放送やインターネットがなかった時代には、日本の情報に飢えていた。たまに週刊誌が手に入ったりすると、記事はもちろん広告なども食い入るようにして目を通していたほどだ。

今は衛星放送やインターネットのおかげで日本のことがほぼリアルタイムで分かる。英語と伊語の情報が日本語のメディアに加わる分、見方によっては日本国内の日本人よりも日本の情報を多く獲得しているかもしれない。

さて、そんな中で情報収集は別にして大いに楽しむのが日本語放送である。冒頭で触れたように僕はテレビ番組は制作も鑑賞も好きだ。そこで今後はイタリアで見るテレビ番組、特に日本のそれについても観覧記のようなものを書いていくことにした。

手始めはドラマ「監察医 朝顔」。民放番組の常で欧州では数ヶ月~半年ほどの遅れで放映される。監察医の主人公と刑事の父親と夫に絡めて、東日本大震災で行方不明になった母親と、彼らが仕事で関わる「遺体」を輻輳させ深化させる手法が面白い。

主人公の上野樹里は、NHの大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』で、織田信長の姪で徳川2代将軍秀忠の妻のお江を演じた。当時番組をしばしば見ていた僕は、上野樹里の暗い無性格な印象の芝居に辟易した覚えがある。

ところが朝顔を演じる上野樹里は、きわめて自然体で微妙な演技のできる巧い俳優であることがわかった。少し驚き、好ましく思った。共演の風間俊介との真面目で軽快で雰囲気の良い「コンビ演技」も快い。

全体的に考証や設定や展開がしっかりして見ていて安心できる。ところが、第6話(5話だったかも・・)は消化不良が募った。認知症で徘徊していた老人が自宅に程近い場所で転倒して立ち上がれなくなる。

そのとき男が連れていた愛犬が彼を助けようとして前足を骨折。犬も立ち上がれなくなって男と犬はそこで衰弱死する。男と犬は白骨化して発見される。

老人と犬が都合よく足を骨折して起き上がれずに共に死ぬ仕掛け。しかも自宅近くが現場なのに、両者が白骨になるまで誰にも発見されない、という設定が嘘くさい。違和感に違和感が重なる展開だ。

だが致命的な消化不良感は次にやってくる。行き倒れた老人の息子が見つかるのだが、彼は父親を連れて帰ることを拒否し遺骨は警察で処理してくれという。

息子と生前の父親との間に何らかの問題があったことを知覚しつつも、主人公の朝顔が言う。「あなたのお父さんはこのままでは無縁仏になる。せっかく家族がいるのだから、そういったことは避けたほうがいい」と。

他者に優しい朝顔が死者の息子に食ってかかるのは、津波に流されて行方不明になっている母親への強い思いがあるからだ。せっかく発見された親を見捨てるな。私の母は未だに発見されてさえいないのだ!という心の叫びがある。

すると朝顔の心中を知らない息子が答える。「綺麗ごとを言わないでくれ。俺と親父のことなんか何も知らないくせに」と冷たく言い放つのである。きわめて劇的なセリフであり場面だが、父子のエピソードはそれきりで終わってしまう。

大きな消化不良が起こるのはまさにそこだ。いったいどのような壮絶なドラマが親子の間にあったのだろう、と視聴者は強く気を引かれる。なのに、ドラマはそのことには一切言及せずに別方向へと進行してしまうのである。

つまり行き倒れた老人とその息子の話はすっぽかして、朝顔夫婦が実家で父親と同居するに際しての、互いの気遣いや希望や愛や戸惑いが描かれる。そこには津波に呑み込まれて未だに行方が分からない既述の母親の記憶も強く作用する。

そして時間が一気に飛んで、一軒家で仲良く暮らす家族が描かれる。一連の場面には幼い子供がいて、親となった朝顔夫婦がいて優しいジイジになった朝顔の父親がいる。

相互に気遣う人々と、ほのぼのとした家族の物語は、視聴者の心を十分に引きつける。だが僕は、前述の白骨遺体と化した老人とその息子のドラマが見られなかった不満で、消化不良に陥ったまま番組を見終わった。ずさんなドラマ作りだという印象が強く残った。

老人と息子の葛藤話は次回に展開されるのかと思って続きも見たが、ドラマにはやはり彼らののエピソードは挿入されなかった。そんな手抜き(?)が起こるものだろうか。それとも僕が何か重大なことを見落としたのだろうか?

放送はまだ続くので、あるいはどこかで死者と息子の相克が挿入されるのかもしれない。それを期待しながら最後の最後まで観てみようと思う。




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