
イタリアの新型コロナウイルス感染者は、2月13日現在3人である。だがメディアの騒ぎと国民の不安や関心は、世界中のどの国にも負けないほどに大きい。
テレビの定時ニュースは、ほぼ間違いなくウイルス関連の話題で始まり、しかも放送時間も長い。それらのほかに特別番組が盛んに組まれる。
ワイドショーやバラエティ番組やトークショーでも取り上げられる。新聞雑誌などの紙媒体もWEBも皆同じ。新型コロナウイルス一色だ。
ウイルス関連情報の洪水の中で確実に醸成されていっているのが、中国や中国人への偏見差別や怨みや怒りだ。
メディアは極力人々の嫌中国人感情を煽らないように慎重な報道を続けているが、事態が中国発の災難であることは子供でも知っているから、人々の表立ってのあるいは秘匿した感情は隠しようがない。
中国人移民の皆さんには気の毒だが、そうした悪感情はSARSなど過去の中国発のリスクや、年々増え続ける中国人移民への苛立ち、また中国の一党独裁政権へのイタリア国民の反感などもからまっていて、一筋縄ではいかない。
イタリア政府は先月、新型コロナウイルスの感染が中国で拡大し始めたのを見て、台湾、香港、マカオを含む中国便を、欧州初どころか世界で真っ先に全面的禁止措置にした。
イタリアの施策には中国本土はもとより台湾からも強い反発・抗議があった。中国はイタリアのやり方は行き過ぎだと怒り、台湾は彼らを「中国といっしょくたにするな」という言い方で反発した。
各国に先駆けて、イタリアが中国往来便を締め出すというドラスティックな決定をしたのは、ウイルスへの恐怖もさることながら、昨年3月、中国との間に一帯一路構想を支持する旨の覚書を交わしたことが影響しているのではないか、と僕は思う。
EU(欧州連合)が懸念する中国の一帯一路構想に、イタリアがG7国として初めて支持を表明し、協力関係を構築する旨の覚書を交わしたときは、EUは言うまでもなく米国を含む世界中が驚いた。
覚書は連立与党であるポピュリストの五つ星運動のゴリ押しで成立した。一方の連立与党である極右の同盟はこれには懐疑的だった。また2019年9月、同盟に代わって連立政権に加わった民主党も、五つ星運動ほどには中国との連携には熱心ではない。民主党はEU信奉者であるだけになおさらである。
「コロナウイルス狂乱が起きると同時に」と形容しても過言ではないほどの迅速な動きで、イタリアが中国便を全面禁止にした背景には、イタリア政府が、一路一帯問題でEUをいわば裏切ったことへの反省があったからではないか、と思う。
つまり、いの一番に中国便を締め出すことで、イタリアが中国とそれほど深い関係にあるのではない、とEUに向けてアピールしたかったのではないか。昨年3月に中国と覚書を交わした際イタリアは、EUからの批判に答える形で「覚書は拘束力を持つものではなくイタリアが望めばすぐに破棄できる」と弁解した。だがそれでEUの疑念が完全に払拭されたわけではなかった。
そこで今回イタリア政府は、中国便を素早く且つ容赦のない形で排除することで、中国との連帯がEUが疑うほど重いものではない、と当のEUと世界に向けて訴えようとした。それは民意の大半にも沿うアクションであったと僕は思う。
だが伝統的に、アバウトなようで実はしたたかなイタリア政府は同時に、中国との仲を白紙撤回させる気は毛頭なく、彼らの方策に抗議する中国政府に対しては、一時的な予防措置であることを、マタレッラ大統領を筆頭に政府首脳が言葉を尽くして説明して、事態を沈静化させた。
中国は一応抗議はしたもののイタリアの意図を受け入れた。イタリアの断固とした動きは中国政府をおどろかせた。いや、中国はイタリアのアクションをむしろ恐れさえした。その証拠に中国本土で旧正月の休みを過ごしたイタリア在住の中国人の子供たちは、帰伊後に一斉に「自主的」に自宅待機を宣言して、しばらくは学校に行かないことを決めた。
その決定をしたのは、中国人移民の割合が最も多い「プラート」。フィレンツェの隣町である。町の中国人コミュニティは自らを進んで隔離して、子供たちが学校でウイルスを撒き散らす危険を避けたのである。その一糸乱れぬ団体行動は、イタリアの思い切った処置に衝撃を受けた中国本土の強権政府が、住民に圧力をかけたから起きたと考えられる。
そうやって自粛行為をするのは、中国人移民にとっても恐らく為になることだ。それというのも、コロナウイルスへの恐怖は残念ながら民心を惑わして、中国人への偏見差別を助長させている。それは伝播して日本人にまで及ぶ事態さえ起きた。中国人移民の皆さんが外出や目立つ行動を控えるのは、今の状況ではおそらく悪いことではない、というふうに見える。