
2020年3月23日午後4時現在、アメリカの新コロナウイルス感染者数は35225人。僕はほんの一昨日、アメリカの感染者総数が19624人だった時点で「アメリカも恐らく今日中には2万人を過ぎてイランを追い越す勢 い」と書いた。
ところがもはや感染者の数は3万人も軽く上回って、ひょっとすると2、3日中には中国以外ではもっとも感染者が多いイタリアさえ追い越しそうな熾烈さだ。だが数日中には感染のピークを迎えるという見方もあるイタリアも、依然として厳しい情勢であることに変わりはない。
この直前のエントリーで、僕の周囲に聞こえるCovid19にまつわる噂や僕の懸念の真偽をいつか伝えられたら伝えたい、と書いた。早くもその時が来たので報告したい。
先ず、僕への取材を通して一気に親しくなったR.V記者の消息。僕の直感通りやはり新型コロナウイルスに感染、Covid19を発症して緊急入院していた。ブレシャ市で漫画と版画を専門に活動している息子たちの人的つながりの中に、彼の同僚の若い記者がいて意外にも早く情報が入った。
幸い彼の容体も回復に向かっているとのこと。安心した。僕より少し若い50歳代終わりあたりの男だから、Covid19 と闘う患者の中では「若者」の部類に入る。容体が改善しているならもう大丈夫だろう。基礎疾患がない限り「これまでのところ」、Covid19患者は60歳~70歳代の者でも安全圏にいるとされる。死亡するイタリアの患者の多くは依然として、80歳代以上のかつ基礎疾患を持つ病人なのである。
次は集団感染の噂がどうやら事実らしいと判明した話だ。表ざたになる可能性はとても低いので「事実らしい」としか言えない。
イタリア最大の、ということはつまり欧州最大の新型コロナウイルス感染地域は、ミラノが州都のロンバルディア州である。ロンバルディア州には12の県がある。その中でも感染者数や死者が多いのは隣接する2つの県、ベルガモ県とブレシャ県である。そして僕の住む村は後者に属する。
ブレシャの県都は、州内で人口がミラノに次いで多いブレシャ市。そこは県内でもっとも感染者が多い。そのブレシャ市で、いわゆる上流階級の人々のパーティーがあり、そこで集団感染が発生した。時期はロンバルディア州内の小さな町でイタリア初の集団感染が発覚し、たちまちオーバーシュートつまり爆発的感染流行へとつながっていった、カーニバルの前後。
当時はまだ隔離・封鎖や移動制限は施行されていなかったが、75歳以上の高齢者は外出を控え、住民もできるだけ集団での行事や行動を控えるように、との注意喚起がしきりになされていた。やがて爆発的感染流行が始まり、イタリアはもちろん欧州でも初のCovid19死亡者が出た。それはすぐに3人に増え、ベニスカーニバルほかのビッグイベントが打ち切られるなど、新型コロナウイルスに急襲されたイタリアにはふいに暗黒の時間が流れ始めていた。
世の中の自粛ムードを尻目に、むしろそういう時期だからこそ明るく過ごそう、というポジティブな空気も満ちる中、ブレシャのいわゆるエスタブリッシュメント階級内で趣向を凝らした驕奢な行事が進行した。そして集団感染が発生した。実はそのグループを僕はよく知っている。メンバーの中には友人も多い。
僕は妻と共に、あるいは妻の縁で、そのグループの大パーティーによく招待される。いや、招待された。しかし、よりシンプルな生活スタイルが信条の僕ら夫婦は、もう大分前から大きな集まりへの顔出しを遠慮している。それでも年齢の近い友人同士の集まりには相変わらず招ばれる。それが小人数の気の合う人々の集いなら僕ら夫婦はできるだけ出席する。招待されて拒否し続けるのは、招待されて返礼(招待)しないのと同じ程度に礼を失する。
そうした社交界の興味は古い家柄の出の妻に向けられているもので、本来は僕とはあまり関係がない。それでも夫婦で顔を出さねばならず、顔を出したら出したで僕は少し疲れを覚えざるを得ない。幸い妻も、ブレシャ社交界では重要な家の一つの跡取りでありながら、大きな行事の雰囲気にはあまり興味がなく、僕らの意見はそこで一致する。そういう性格だからこそ彼女は、一介の日本人の僕と長く連れ添ってくれているのだと思う。
そうはいうものの、前述の親しい友人らを介して僕らは、街に歴然として存在するが目立たない、且つ閉じられた世界とも相変わらずつながりを持っている。集団感染の情報は、グループの構成員の間から口伝えに漏れてきた。峻厳な移動規制が敷かれていることもあって、人々は最近は皆家に閉じこもっている。そんな中、妻が主に女性同士で電話連絡をしては噂話に花を咲かせるうちに少しづつ漏洩してきたのだ。
ここまでに分かっているだけでも9人の感染者がいる。漏れ聞くところではひとりが重症で3人が加療中。2人が退院して残る3人が自宅隔離ということだ。しかしパーティーに出なかった友人らの印象では、感染者はまだかなりいそうな雰囲気らしい。幸いこれまでのところは死者は出ていない。ただし参加者のひとりの父親(90歳代)が、Covid19で亡くなったという情報がある。おそらく参加した息子から感染したのではないか。
イタリアのCovid19禍は深刻になるばかりでまだ全く先が見えない。そこには感染爆発の元凶の一つとなった第一号患者への対応の誤りがあるが、その後の事態の悪化は、イタリア人の社交好きな性格とそれを遺憾なく発揮しての生活スタイルや社会慣習にも大きな原因がある。
感染爆発が進行しても、人々はカフェやバールやレストランに集って歓談することをやめず、広場や公園や家の中でも三々五々集まっては社交を繰り広げた。そうした流れの延長線上にあるのがここまで書いている、ブレシャ県の上流階級の人々の盛大なパーティーだ。
ブレシャの事案とは別に、社会のあらゆる階級の社交行事は、厳しい移動制限や封鎖が強要された後も-特に始まりの頃には-多くあったに違いない。事実僕の住む村のカフェやバールでも、ルールに従わない人々が集っては歓談している姿が多く見られた。そうやって感染爆発は単発的ではなくほぼ間断なく起きて、今の地獄絵巻が出現したと考えられる。
しかし、楽天的が過ぎるほどに社交好きなイタリア人も、感染者の増大が止まず死者の数が中国のそれを軽く超えてさらに増え続ける現実に、さすがに重大な危機感を抱くようになった。今日この時点の統計では、イタリア国民の96%が政府の厳しい隔離政策を支持し、全国民のCovid19との戦いの本気度は最高潮に達したように見える。
一党独裁国家、中国の施策にも似た苛烈な監禁策を、民主主義国家の中でもさらに国民の自由希求意識の強いイタリアで実行できるとは、当のイタリア人をはじめ欧米諸国民は誰も考えていなかった。しかしイタリアは-まだ4%の反乱者はいるものの-それをほぼ完全実行つつある。取り組みの結果が出るのはまだ先だろうが、そこには希望の光が点り出している。点り出していると信じたい。
新型コロナウイルスとの壮絶な戦いにイタリアが勝てば、イタリアと同様の施策を敷いて進み始めた欧州各国やアメリカなどの先行きにも明かりが見えるようになる。それらの国々では、厳しい移動制限を国民が守らないなど、戦いの初期の頃のイタリアで見られた事態とそっくり同じ問題も起きている。またその点ではいま述べたようにイタリアも依然として完璧ではない。が、欧米各国はこぞって隔離・封鎖の度合いを強化してCovid19に対抗しようとしている。そうするしかないのである。そうしなければ破滅なのだから。