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欧州を新型コロナ感染拡大の第2波が襲いつつある。スペイン、フランス、イギリスなどの大国を中心に感染が急速に拡大している。フランスの一日あたりの感染者数が1万3千人を超えたり、スペインがその上を行き、 最近のイギリスの一日当たりの感染者数が4000人前後に達するなど、状況が切迫してきた。

そうした中、かつて欧州どころか世界最悪のコロナ感染地だったもうひとつの大国イタリアは、感染拡大を抑えて欧州の優等生と形容しても過言ではない平穏を保っている。一例を挙げれば9月18日現在、人口10万人あたりの2週間の平均感染者数はスペインが292,2人、フランスが172,1人に対しイタリアは33人にとどまっている 。

なぜイタリアの感染拡大が抑えられているのか。専門家によれば優れた検査システムと効果的な感染経路追跡手法、また厳格な感染防止策や的確な安全基準などが功を奏しているとされる。

そしてさらに大きいのは、イタリアがどの国よりも早くロックダウンを開始し、どの国よりも遅くそれを解除した事実である。しかもイタリアは全土封鎖を迅速に行い、且つそれの解除の際は他の国々のように急いで規制を緩和するのではなく、段階を踏んでゆるやかに行った。

一方イタリア以外の国々は、ロックダウンをためらってその導入が遅れ、封鎖はしたものの、より規模の小さな、より弱い規制をかけた。その上彼らはロックダウンの解除を、より迅速により広範に行った。それが国々の感染拡大の要因である、とする。

むろんそうした要素は疑いなく存在する。だがそれに加えて、ここイタリアにいて僕が実感し強く思うこともある。つまりイタリア国民の中に植えつけられた新型コロナへの強い恐怖感が、感染拡大の抑止に貢献しているのではないか、ということである。

イタリアは2月から4月にかけて、コロナ恐慌に陥って呻吟した。医療崩壊に陥り、累計で3万5千人余の患者と、なんと177名もの医師が新型コロナで死亡するという惨状に苦しんだ。

感染爆発が起きた2月、イタリアには見習うべき規範がなかった。イタリアに先立って感染拡大が起きていた中国の被害は、イタリアのそれに比較して小さく、ほとんど参考にならなかった。イタリアは孤立無援のまま正真正銘のコロナ地獄を体験した。

世界一厳しく、世界一長いロックダウンを導入して、イタリアは危機をいったん克服した。だが国民の間には巨大な恐怖心が残った。そのために少し感染拡大が増えると人々は即座に緊張する。彼らは恐怖に駆られて緩みかけた気持ちを引き締め、感染防止のルールに従う、という好循環が起きている。

コロナ地獄の中でイタリア国民は、ロックダウンの苛烈な規制の数々だけが彼らを救うことを学び、それを実践した。規制の一部は今も厳格に実践している。規則や禁忌に反発し国の管制や法律などに始まる、あらゆる「縛り」が大嫌いな自由奔放な国民性を思えば、これは驚くべきことだ。

多くの国がロックダウンを急ぎ解除した最大の理由は― 感染拡大が縮小したこともあるが ―経済活動の再開だった。ロックダウンによって各国の経済は破壊された。あらゆる国が経済活動を元に戻さなければならなかった。それでなければ貧困が新型コロナを凌駕する困難をもたらすことが予想された。

イタリアの経済状況は欧州の中でも最悪の部類に陥った。コロナ以前にも決して良くはなかった同国経済は、全土にわたる封鎖によって壊滅状態になった。それでもイタリアはロックダウンの手を緩めず、どの国よりも過酷にそれを続けた。なぜか。

それはひとえにイタリアが味わった制御不能な感染爆発と、それによってもたらされた前述の医療崩壊の恐怖ゆえだった。患者のみならず医者をはじめとする医療従事者までが次々と犠牲になる新型コロナとの壮絶な戦いの様子は、連日連夜メディアによってこれでもかと報道され続けた。ロックダウンによって自宅待機を強制された国民は、文字通り朝から晩までテレビの前に釘付けになって医療現場の地獄を目の当たりにした。

医療現場の修羅は、鮮烈な臨場感を伴って人々の胸を突き刺した。特に医療崩壊が激しかった北部州では、身近の者がバタバタと死んでいく現実と相まって、普段は目にすることが少ない医療現場の凄惨悲壮な地獄絵が人々を責めさいなんだ。

イタリアに続いてスペインも感染爆発に見舞われ医療危機も体験した。だが、スペインにはイタリアという手本があった。失敗も成功も悲惨も、スペインはイタリアから習うことができた。恐怖の度合いがはるかに小さかったスペインは、ロックダウン後は良く言えば大胆に、悪く言えば無謀に経済活動を再開した。 

スペインを追いかけてフランスもイタリアに倣いロックダウンを導入した。だが仏西両国はイタリアよりも早くロックダウンを緩和した。例えばイタリアは学校を9月13日まで完全閉鎖して14日から再開したが、全国一斉の措置ではなく地方によってはさらなる閉鎖を続けた。つまり感染状況を見極めながらの段階的な再開に留めた。

一方スペインは9月初めに学校を全面再開した。フランスに至っては5月から段階的に学校を開いた。またイタリア政府がサッカーなどのプロスポーツ観戦の客数を1000人までとした段階で、フランスはプロテニスの観客数をイタリアの11倍以上の11500人まで認めるなど、多くの場面でイタリアよりもより遅く規制をかけ、イタリアよりもより早く且つ大幅に規制を緩和する措置を取り続けてきた。

それが今現在のイタリアと仏西両国の感染状況の差になって現れている。ちなみに感染拡大が懸念されている英国ほかの欧州各国も、スペインやフランスとほぼ歩調を合わる形でロックダウンを管理してきた。その結果感染拡大が再び急速に始まったのである。

イタリアの平穏な状況は、しかし、同国のコロナ禍が終わったことを意味するものでは全くない。イタリアでも新規の感染者は着実に増えている。つまるところイタリアも欧州の一部だ。コロナ禍の先行きは他の国々と同様にまだ少しも見えないのである。


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