猟師を撃つ熊500


欧州は新型コロナ感染拡大第2波に襲われつつある。それどころか、スペイン、フランス、イギリス等の感染状況を見ると、第2波の真っただ中という見方もできる。

そんな中でも― いや感染を恐れて家に閉じこもる機会が多いそんな折だからこそ―ヨーロッパ人は狩猟に出ることをやめない。

欧州の多くの国の狩猟解禁時期は毎年9月である。新年をまたいで2月頃まで続く。いうまでもなく細かい日時は国によって異なる。

たとえばイタリアは9月の第一日曜日に始まり約5ヶ月にわたって続く。フランスもほぼ似通っている。

一方、狩猟超大国のスペインは春にも狩猟シーズンがあって、一年のうちほぼ9ヶ月間は国中の山野で銃声が聞こえる。

スペインの狩猟は悪名高い。狩猟期間の長さや獲物の多さが動物愛護家やナチュラリスト(自然愛好家)などの強い批判の的になる。

2012年には同国のフアン・カルロス前国王が、ボツワナで像を撃ち殺して世界の顰蹙を買い、スペインの狩猟の悪名アップに一役買った。

もっとも狩猟への批判は、フランスやイタリアでも多い。欧米の一般的な傾向は、銃を振り回し野生動物を殺すハンティングに否定的だ。

近年はハンターも肩身の狭い思いをしながら狩猟に向かう、といっても過言ではない。彼らの数も年毎に減少している。

それでもスペインでは国土の80%が猟場。今でも国民的スポーツ、と形容されることが多い。正式に狩猟ライセンスを保持しているハンターはおよそ80万人である。

だが実際には密猟者と無免許のハンターを合わせた数字が、同じく80万程度になると考えられている。つまり160万人もの狩猟者が野山を駆け巡る。

イタリアのハンターは75万人。状況はスペインやフランスなどと同じで、多くの批判にさらされて数は年々減っている。しかし、真の愛好者は決してその趣味を捨てない。

かつてイタリア・サッカーの至宝、と謳われたロベルト・バッジョ元選手も熱狂的ハンターである。彼は仏教徒だが、殺生を禁忌とは捉えていないようだ。

狩猟が批判されるもうひとつの原因は、銃にまつわる事故死や負傷が後を絶たないことである。犠牲者は圧倒的にハンター自身だが、田舎道や野山を散策中の関係のない一般人が撃ち殺される確立も高い。

狩猟は山野のみで行われるのではない。緑の深い田舎の集落の近辺でも行われる。フランスやイタリアの田舎では、家から150メートルほどしかない範囲内でも銃撃が起こる。

そのため集落近くの田園地帯や野山を散策中の人が、誤って撃たれる事故が絶えない。狩猟期間中は山野はもちろん郊外の緑地帯などでも出歩かないほうが安全である。

イタリアでは昨年秋から今年1月末までのシーズン中に、15人が猟銃で撃たれて死亡し49人が負傷した。また過去12年間では250人近くが死亡、900人弱が負傷している。

またフランスでは毎年20人前後が狩猟中に事故死する。2019年の秋から今年にかけての猟期には平均よりやや少ない11名が死亡し130人が負傷した。

狩猟の規模が大きくハンターも多いスペインでは、一年で40人前後が死亡する。また負傷者の数は過去10年の統計で、年間数千人にも上るという報告さえある。

事故の多さや批判の高さにもかかわらず、スペインの狩猟は盛況を呈する。経済効果が高いからだ。スペインの狩猟ビジネスは12万人の雇用を生む。

ハンティングの周囲には狩猟用品の管理やメンテナンス、貸し出し業、保険業、獲物の剝製業者、ホテル、レストラン、搬送業務など、さまざまな職が存在する。

スペインは毎年、世界第2位となる8000万人を大きく上回る外国人旅行者を受け入れる。ところが新型コロナが猛威を振るう2020年は、その97%が失われる見込みだ。

観光業が大打撃を受けた今年は国内の旅行者が頼みの綱だ。その意味でもほとんどがスペイン人である狩猟の客は重要である。2020年~21年のスペインの狩猟シーズンは盛り上がる気配があるが、それは決して偶然ではない。

スペインほどではないがここイタリアの狩猟も、またフランスのそれも盛況になる可能性がある。過酷なロックダウンで自宅待機を強いられたハンター達が、自由と解放を求めて野山にどっと繰り出すのは理解できる。

欧州では2020年秋から翌年の春にかけて、鹿、イノシシ、野生ヤギ、ウサギまた鳥類の多くが狩られ、ハンターと同時に旅人や散策者や住人が誤狙撃されるいつもの危険な光景が出現することになる。

同じ欧州は新型コロナの感染拡大第2波に襲われている。外出をし、移動し、郊外の田園地帯や山野を旅する者は従って、狩猟の銃弾の剣呑に加えて新型コロナウイルスの危険にも晒される、という2重苦を味わうことになりそうである。


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