向かい合う2人色違いnewsweek

イタリア時間の10月23日午前3時、米大統領選におけるトランプvsバイデンの第2回で最後の討論会が始まった。前回第一回目の討論会は、およそ討論とは呼べない両候補間の非難の応酬と、お互いが相手の話に割って入る蛮人の咆哮に終始した。

それを受けて今回は、項目別の討論の冒頭2分間は発言する側の相手のマイクをオフにする、という異例の処置が取られた。その策はうまくいった。両候補は冒頭の2分間ばかりではなく、全体的に抑制のきいたしかし強い姿勢で互いの主張を展開した。

根拠のない個人攻撃はむろんあった。例によってそれはトランプ候補の側に多かった。これは人格の問題だからある程度予想できた。いうまでもなくバイデン候補は聖人だったわけではなく、彼もまた醜い人格攻撃を行った。しかし、先制攻撃をするトランプ候補への反撃、という側面が強かった。

アメリカまた欧州の日々の報道を見ている僕のような者にとっては、両者の政策論争には目新しい点はなかった。政策とはかかわりのない個人攻撃の中身も同じ。玉石混交の大手メディアやネット情報サイトが繰り返し言及し、本人たちも口にする内容があふれ出ていた。そのうちから敢えて例を挙げておけば次のような事案だ。

新型コロナパンデミックについてトランプ候補は、ウイルスを軽視した自身の大失策を棚に上げて「ウイルスがアメリカに被害をもたらしたのは中国のせいだ。私のせいじゃない」と鉄面皮に言い放ち、パンデミックはまもなく終わる、ワクチンも数週間のうちには出来上がる、アメリカ国民は“ウイルスと共に生きる”ことを学んだ、などとも発言した。

それに対してバイデン候補は、22万人以上のアメリカ人が新型コロナで死んだ。それはトランプ大統領の責任だ。国民をそれだけ多く死なせておいてなおかつ大統領職にとどまるのは許されない。アメリカ人はウイルスと共に生きているのではない。“ウイルスと共に死んでいる”のだ、と厳しく批判した。

人種差別問題では、トランプ候補は「私はこの部屋にいる誰よりも人種差別をしない人間だ」と主張。バイデン候補は「この国には構造的な人種差別がある。あなたはアメリカの現代史で最も人種差別的な大統領のひとりだ。あらゆる人種差別の炎に油を注ぎ差別を鼓舞する犬笛を吹きまくる男だ」と指弾した。

北朝鮮についてトランプ候補は、私はキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長と仲良しだ。外国首脳と良い関係を結ぶのは重要なことだ。北朝鮮との間には戦争も起きていない、と発言。一方のバイデン候補は、あなたが仲良しの北朝鮮の指導者は悪党だ。悪党を親友と呼ぶことであなたは北朝鮮を正当化し、彼にアメリカ本土まで届く高性能のミサイルを保有させるまでになった。キム・ジョンウンとの関係が良好だと吹聴するのは、欧州侵略前のヒトラーと仲良し、と自慢するようなものだと反撃した。

それに対してトランプ候補が、(あなたが副大統領だった)オバマ政権は北朝鮮の指導者と会うことはできなかった。私は良好な関係を築いて実現させた、と反論するとバイデン候補はすかさず、オバマ政権は北朝鮮と妥協せず厳しい条件を突きつけ続けた。だから交渉が成り立たなかったのだ、と一蹴した。

気候変動についてはトランプ候補は、パリ協定はアメリカにとって不公平であり、高い金を支払わなければならないから離脱した。何千万もの雇用や多くの企業を犠牲にするわけにはいかない、と主張。対しするバイデン候補は、世界中の科学者が指摘するように時間がない。問題に対応することで雇用を生むことができる。アメリカは5万ヶ所の充電ステーションを設置することなどで、世界の電気自動車市場で優位に立つことができる、と反論した。

またトランプ候補の脱税疑惑を取り上げてバイデン候補は、私は22年間ずっと納税記録を公表してきたが、あなたは一度も公表していない。一体なにを隠しているんだ、と追及。するとトランプ候補は、税理士が対応している。用意ができればすぐにでも公表するし、私はここまで何百万ドルも納税してきた、と反論。それにはバイデン候補が、あなたはもう何年も同じことを言っている。だが未だに納税記録を公表していない、と切り返した。

トランプ候補は、バイデン候補がオバマ政権の副大統領だった時代、本人や家族が外国から巨額の資金提供を受けていた、と裏付けのない主張も繰り返した。これに対してバイデン候補は、私はこれまで外国からただの一度も金をもらったことはない。人生で一度もない。私の息子や家族も一切不正はしていない、と言い返した。

ふたりの候補の主張は、前述したように欧米のメディアで取りざたされてきたものばかりだ。しかし、トランプ氏とバイデン氏が顔を突き合わせて論戦を張ると、それらの中身はまた違うものにも見えていた。そこにはトランプ氏の嘘と強弁と詭弁がてんこ盛りにされていた。それでも彼が選挙で勝利する可能性が十分あることが、今のアメリカの悲劇だと僕には見える。だがそれは僕が自動的に且つ積極的にバイデン候補を支持することを意味するのではない。

ネトウヨヘイト系排外差別主義者で人種差別主義者、かつ実体は白人優位論者でもあるトランプ大統領の登場で、それらのコンセプトの対極にある哲学を理想として追求する「未来のアメリカ」への僕の100年の恋は冷め果てた。米国民のひとりであるバイデン候補にもその責任の一端がある。それでもバイデン候補が打ち出し標榜する理念には、「未来の理想のアメリカ」のかけらが内包されていると感じる。そこで僕は2016年の米大統領選と同じく、「消去法」で、バイデン候補を応援する気分でいる。



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