サッカー欧州選手権の準決勝でイタリアがスペインを退けて決勝に進んだ。
イタリアにとっては厳しい戦いだった。もっとも負けたスペインにとってはさらにきつい結果だったのだろうが。
試合の内容は客観的に見てスペインが勝っていた。
スペインは初めから終わりまで70%前後のボール保持率を誇り、それを反映してシュート数もイタリアをはるかに上回った。
スペインのポゼッション・サッカーは今回も健在だった。
そしてイタリアの伝家の宝刀「必殺の電撃カウンターアタック」もまた生きていた。
イタリアは前半45分の全てと、後半に入ってもしばらくは、スペインの圧倒的なボール保持力に威嚇されて青息吐息状態だった。
だが後半15分、ゴールキーパーから出たボールをあっという間に敵陣まで運んで、最後はFWのフェデリコ・キエーザがそれをゴールに叩き込んだ。
イタリアは鉄壁の守備で相手の攻撃を耐えに耐えて、機を見て反撃に出る「カウンターアタック」が得意だ。
得意のみならず、イタリアはこのカウンターアタックで世界最強のチームの一つになった。
少しの侮蔑とともに語られるイタリアの特徴としての「カテナッチョ(閂並みの堅守)」は、このカウンターアタックを引き出すための戦術だと見なすこともできる。
一方スペインは徹頭徹尾ボール保持にこだわる得意の戦略で、イタリアを圧倒し続けた。
そこだけを見れば、スペインが勝っていても不思議ではない。いや、むしろそのほうが自然だ。
なぜならボールをキープし続けるとは、相手にシュートのチャンスを与えないことを意味する。
シュートとはボールをゴールに向けて蹴り込むことだ。肝心のボールが足元になければ誰もシュートをうつことはできない。
同時にボールが常に自らの足元にあれば、いつかは敵ではなくて“自分が”シュートを放つことができる。
そのようにボール・ポゼッションとは究極の「勝利の方程式」である。あるいはサッカーの基本中の基本とも言える。
どのチームもボール保持にこだわる。だが誰もスペインのようには貫徹できない。その意味でもスペインの技術は目覚しいものなのである。
しかし、サッカーの勝敗はボールの保持率では決まらない。あくまでもゴール数による。ボールの保持率が劣っていても、相手より多く得点できればそれが勝利だ。
たとえボール保持率が1%であっても、シュートが決定的ならそれが強者なのである。
イタリアの先制点は、少ないボール保持の中で抜き打ち的に攻撃を仕掛けて、見事に成功したものだった。それはスペインに押しまくられている状況では心理的にきわめて重要だった。
なぜならイタリアは、その先制点によって自信と余裕を取り戻した。
イタリアはその後も押しまくられ、得点から20分後にはスペインに追いつかれた。
だが一度復活した自信は崩れず、守りと反撃を繰り返して延長を含む120分を耐え抜いた。
そして最後はPK戦を制して決勝進出を決めた。
僕は試合前イタリアの勝利を予測した。ポジショントークは脇において、そこにはそれなりのいくつかの理由があった。
もっとも大きな理由は、イタリアがマンチーニ監督の指揮の下、2006年に始まった不調サイクルを抜け出して勢いに乗っていることだった。
スペインはポゼッション・サッカーによって2008年の欧州選手権、2010年のワールドカップ、2012年の欧州選手権と次々に勝ちを収めて世界を席巻した。
だがその後は世界中のチームが彼らの手法を研究し、真似し、進歩さえさせて、じわじわとスペインへの包囲網を築いた。
ワールドカップの実績だけを見れば、明らかにスペインよりも強いイタリアはその筆頭格であり続けている。それがもう一つの大きな理由である。
2012年の欧州選手権では、スペインは1次リーグから2次リークを「よたよたと」勝ち進んで、彼ら得意のポゼッションサッカーは退屈、とまで批判された。
それでも決勝にまで駒を進めた。
一方同大会では、不調に喘いでいるはずのイタリアが、優勝候補の最右翼と見られていたドイツを準決勝で圧倒するなどして決勝進出。スペインと激突することになった。
決勝戦は勢いに乗るイタリアが有利と見られた。僕もそう信じた。スペインのポゼッション・サッカーが限界に近づいている、という思いも強かった。
ところが決勝戦ではスペインがイタリアを一蹴した。4-0という驚きのスコアもさることながら、オワコンにも見えたスペインのポゼッション・サッカーが、イタリアをこてんぱんに打ちのめしたのである。
昨夜の準決勝戦を見ながら、僕はずっと2012年の決勝戦を思い出していた。スペインのポゼション戦術が功を奏して、再びイタリアを沈めるのではないか、とはらはらし通しだった。
だが、イタリアの復活とスペインのポゼッション・サッカーの衰退はセットになっているらしい。イタリアは苦しみながらも難敵を退けたのだから。
その勝利はもちろん優秀な選手たちのものである。しかし、今のイタリアのケースでは特に、ロベルト・マンチーニ監督の力量も賞賛されるべきではないかと思う。
イタリアは7月11日、今夜行われるイングランドvsデンマークの勝者と決勝戦を戦う。
個人的にはぜひイングランドが相手であってほしい。
復活したイタリアの創造的なサッカーが、大分進化したとはいえ依然として直線的でクソ真面目なイングランドのサッカーをへこますところを見たいから。
これはイングランドへのヘイト感情ではなく、創造的なサッカー、言葉を替えれば「遊び心」満載のサッカーが、体力にまかせて走り回るだけの「退屈」なサッカーよりも楽しいことを、あらためて確認したいからである。
もしもイタリアが勝てば好し。
イングランドが勝つならばそれは、創造的なサッカーが敗退したのではなく、イングランドのサッカーが遊びを理解し創造的になったことの証、ととらえて歓迎しようと思う。